クウネルで連載中の松浦弥太郎さんのエッセイ「大きな山をこえるとき」が一冊の本『今日もごきげんよう』になりました。その発売を記念して、2022年7月23日(土)に中目黒 蔦屋書店で行われたトークショーの模様を前後編でお届けします。
中目黒との縁
聞き手・河田実紀(連載担当編集者、以下、略) ―― 今回の開催地である、中目黒は、松浦さんにとってどんなご縁がありますか?
松浦弥太郎さん(以下、松浦):20年前ぐらいに中目黒で『エムアンドカンパニーブックセラーズ』という書店を始めたんですよ。ちょうど駅から代官山のほうに行くと赤いレンガのマンションがあるんですけど、そこで予約制で本屋さんを始めたのがちょうど20年ぐらい前で。
いまでこそ、中目黒は若い人に人気の街ですが、その頃は、お年寄りが多い印象でしたね。まだ目黒川沿いにもお店が全くありませんでした。比較的家賃が安く、穴場のようなエリアだったんです。その頃に本屋を予約制で始めました。それから何だかんだと、今も川沿いにCOW BOOKSというお店を経営してますけど。
ーー今日は、そういう松浦さんのいろいろな思い出が詰まっている中目黒の蔦屋さんでのイベントとなりました。新刊『今日もごきげんよう』は、 『クウネル』がリニューアルした2016年3月から続いている連載です。
クウネル連載開始のストーリー
松浦:始まりのエピソードは話すと長くなってしまうのですが……。僕は『暮しの手帖』という雑誌でお仕事させていただいてたんです。その仕事を始めたのが、僕がちょうど40歳の頃。それまではさまざまな媒体でエッセイを書かしていただいてたんですね。ただ、『暮しの手帖』の編集長になるにあたり、その仕事に集中するために、執筆の仕事は辞めさせていただくことにした。そして、さまざまな雑誌に、お詫び行脚をしたわけです。
その一連の流れで、マガジンハウスの『GINZA』編集部にも伺いました。『BOOK BLESS YOU!』という連載を9年ぐらいやっていたんですね。そのときの編集長が、『クウネル』リニューアルを担当された淀川美代子さんだったんです。淀川美代子さんって『アンアン』とか『オリーブ』とかマガジンハウスでは本当にたくさんの実績を残された編集長なんですけれども。淀川さんにあいさつをしに行ったら、えってびっくりされて。
「私はね、この連載を読むのがすごく楽しみで、ずっとこれからも続けてもらいたいんだけど、松浦さんがそんな新しいお仕事をされるんだったら、諦めます」と了承していただいたんですね。
それで僕は『暮しの手帖』のリニューアルという大仕事に臨みました。歴史のある雑誌なのですが、もっとたくさんの人に読んでもらうためにはどうしたらいいのかなということで、もう悩みに悩んで頑張ってたわけです。
ーーきっとたくさんのご苦労があったのでしょうね。
松浦:なんとかリニューアル号をつくり、発売日の次の日に一通のはがきが編集部の僕宛に届きました。差出人は『GINZA』編集長の淀川美代子さんです。 書かれていた内容は「松浦さんが何をしようとしているか、何をしたいのかがすごく伝わってきました。私は本当に感動しました。絶対に負けずに頑張ってください」という励ましの内容でした。
編集者として大大先輩で、もう目の前に立ったら「直立不動!」みたいな存在の方から、そんな励ましが、発売日の翌日に届いたことに感動してしまって。それから、毎号、『暮しの手帖』の発売日の次の日にはがきが届くんです。今回はこうだった、面白かった、今回はここがすごかった。僕もうれしいので、必ずそれにお返事を書く。そういう文通が続いたりしていたんですね。
ーーそんなご縁があったのですね!
松浦:『クウネル』のリニューアルを淀川さんがされることになったとき、新しい『クウネル』についてお話を重ねる機会があったんです。そして、後の方になって、エッセイを頼まれた。「実はもっと早くお願いしたかったんだけど、なかなか言い出せなくて、ぎりぎりになっちゃってごめんね」って言われたことがすごく思い出に残っています。
いま雑誌の連載で続けているのは『クウネル』が唯一なんです。 お返しっていうという表現が合っているかわかりませんが、すごい心を込めて淀川さんが作られていた『クウネル』に、毎号、僕もエッセイを書かせていただいています。
ーーそんな風に、心を込めて書いてくださっているエッセイが、今回一冊にまとまったのですね。
ーーここからは、今日ご参加くださった読者の方から事前にいただいた質問を読ませていただきます。
■質問1■
どうしたら松浦さんのように、素敵な方たちとの出会いを引き寄せられるようになりますか?人に会うときに、心掛けていることなどあれば教えてください。
松浦: 心掛けですか。実はそんなに僕、社交的じゃないんですよ。 人が集まるような集いとかパーティーとかはほとんどお断りしているぐらいで。ただ、自分ができることは、暮らしの中で、心が動いたときとか忘れたくないような出来事に、何か言葉を乗せていく。それこそが自分の仕事だと思っているんですけど。
それを自分が発信して、それを受け取ってくださる方が、また何か返してくださるというやりとりがすごく大きいのではないでしょうか。 何かがその交流の過程で生まれるのかなって思いますね。僕が本当にいろんな方と出会えることができているのは、こんなふうに自分が発信し続けているからだと思います。
ーー松浦さんが、「お付き合いが苦手」とは意外です。
松浦:ただ、人とお話する機会があれば、できる限り自分が考えてることや思いは、 精一杯に、 まっすぐに伝えるようにしています。だから、これも本に書いてますけど、照れないっていうことがすごく大事だなといつも思っていて。でもいつも照れずにというのは難しいので、いざっていうときだけは照れずに向き合う。
■質問2■
さまざまな選択をするうえで、迷わないために意識していることはありますか。もしくは、決めることができないことは悪くないと思いますか。
松浦:ほぼ何でも迷ってます。基本的には、自分で考えることってすごく大事だと思うんです。でも、考え過ぎないというのも大事な気がするんで。日常生活の中で、何でも答えを出さなきゃいけないような気になってしまうけれど、すべてに答えを出す必要はないなと僕なんかは思いますね。だからいつも迷ってます。でもいつも「どうしようかな」と迷い考えているっていうことは、ポジティブな意識だと思うんで、いいと思いますよ。
ーー松浦さんも迷ってるんだと思ったら、ちょっと楽になりますね。
松浦:「どうしたらいいか分かんないな」って思い続けているんですけど、でもそうやってずっと思い悩んでいると、元気なくなるし、ネガティブな気分になるので、もうしょうがないって振り切ることも必要ですよね。周囲や時間が解決してくれたり、環境が何とかしてくれたりとかもあるし、そんなに張り切らなくていいなって最近は、思いますね。
だからといって、物事に対しての関係を浅くしてるわけではない。自分なりに精一杯にできることを、今日できることを一個一個やっていくだけです。本当にそうですね、仕事なんかそんな気がしますね。
松浦弥太郎さん『今日もごきげんよう』発売イベントレポート。は後編に続きます。
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文/鈴木麻子