歌人・俵万智さんのおすすめ3冊。「言葉を使いこなすことが生きる力ともいえる時代ですね」

俵万智

著名人の方にクウネル世代におすすめの本を教えてもらう「私の読書時間」。今回は、歌人・俵万智さんにお話を聞きました。

PROFILE

俵万智

俵万智/ たわら・まち

歌人
1962年大阪府生まれ。新刊『生きる言葉』(新潮新書)では、恋愛、歌会、SNSAIなど、さまざまなシーンでの「言葉」について、歌人ならではの考察を繰り広げます。「言葉という視点からの子育ても書きたかったことのひとつです」

日本語の面白さと巧みさを対談と歌集から味わう。

スマホが普及し、SNSが発達した現代。誰もが気軽に自分の言葉を発信することができるようになって、言葉との向き合い方も変わってきました。

「お互いの背景を知らない人と言葉だけでコミュニケーションをとらなければならない場面も増え、その難しさ、大切さを感じます。言葉を使いこなすことが生きる力ともいえる時代ですね」と話す俵万智さん。

新刊『生きる言葉』では、さまざまなシーンでの現代の言葉について思うことを綴っています。

日本語界隈

『日本語界隈』川添 愛、ふかわりょう

「私のツボだったのは、ふかわさんの網にかかった新しい言葉に対して、川添さんがいいのが釣れましたねと返した一言。私も面白い響きの言葉に出合うと、あっと思うんですよ」。ポプラ社

そんな俵さんが「電車の中で知ってその場で電子書籍を買ってしまった」のが、1冊目の『日本語界隈』です。

「言語学の専門家の川添さんと、言葉に並々ならぬ興味を持つふかわさんが、日本語について語り合う、楽しい本です。私もこの場に参加したかったぐらい。“日本人は曖昧好き”など鋭い指摘が随所にありますが、タイトルの“界隈”自体が曖昧表現ですよね。“深まるのは秋だけ”という発見も面白かった。確かに」。他の季節は深まるとは言いませんね。

命の部首

『命の部首』久永草太

〈夏だから暑くってさ、の「夏だから」ほどの理由で会いに来ました〉と軽さを装う若者らしい歌も。題名は〈そりゃそうさ口が命の部首だから食べてゆく他ないんだ今日も〉の一首から。本阿弥書店

残る2冊はどちらも、近年出版された新鋭の歌集です。「今一種の短歌ブームで、歌に取り組んでみようという人が増えています。SNSを通じて誰もが短い言葉で発信することが日常的になったこともブームの要因。若い人の歌集も数多く出ています」

命の部首』の著者・久永草太さんは獣医で、高校生の大会「牧水・短歌甲子園」で活躍した頃から注目していたそう。

「彼の作品は作者の顔がはっきり見える。仕事を通して命の重さを考え、ユーモアにくるんで表現しています。例えば〈採算と命の値段のくらき溝 鶏の治療はついぞ習わず〉〈気を付けて刑法上は器物でもそいつ吠えたり愛したりする〉など。この『器物』は犬でしょう。2首とも動物への深い愛情が感じられます」

死のやわらかい

『死のやわらかい』鳥さんの瞼

〈ドンドンドン・ドンキー高校生のころ欲しいと寂しいはすごく似ていた〉の一首には「消費することで何かが足りていない寂しさを埋める時期がある。その深い考察に感じ入りました」。点滅社

一方、『死のやわらかい』は著者名も「鳥さんの瞼」と謎めいています。「私も彼女の背景をまったく知らないのですが、1首目から心をつかまれました。〈会うことのなかった四羽の心臓が一つに刺されて完成している〉焼き鳥のハツが目の前にあるだけで、こんな歌にできるとは。ごく日常的なことを平易な言葉だけで表して、哲学的な深みに達している作品もあり、彼女の世の中を見る視線にはやられっぱなしです」

今は多くの書店に短歌コーナーがあり歌集になじみのない人でも手に取れば新しい世界が開けるかもしれません。「立ち読みでも1首丸ごと読めてしまうので、相性がいいと思う作品に出合ったら、1冊自分のものにしてみるのもいいのでは。装丁の美しい本が多く、ものとしての手触りも魅力的なはずです」 

クウネルchoice 新刊ガイド

透析を止めた日

『透析を止めた日』堀川惠子

透析患者が穏やかな終末期をおくるために。

透析を中止し苦しみながら逝った夫。穏やかな死を迎える方策はなかったかと、ノンフィクションライターの著者は丹念に取材を重ね、思索を深めます。現在の透析医療のあり方に一石を投じる力作。講談社 ¥1,980

サトウさんの友達

『サトウさんの友達』益田ミリ

ほどよい距離のいい関係、嬉しい書き下ろし。

無器用な大人女子二人がビデオゲームを通じて友達に。母親の認知症や職場の後輩への接し方など悩みは数々あれど、友情が深まるにつれ、向き合い方も変わっていきます。その姿にほっこり、じーん。マガジンハウス ¥1,540

『クウネル』2025年7月号掲載 写真/目黒智子、ヘア&メイク/内藤茉邑、取材・文/丸山貴未子

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『クウネル』NO.133掲載

人生を豊かにする「言葉の力」

  • 発売日 : 2025年5月20日
  • 価格 : 1,080円 (税込)

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