介護と病、どちらも多くの人が直面し得る問題です。そんなふたつに同時期に直面した篠田さんは「いかに効率よく目の前のことを片付けていくか」と自らの人生を冷静に受け止めていました。暗い気持ちになってしまいそうな問題に、ユーモアを持ち合わせ向き合っていく篠田さんに、どう生きていくのが幸せなのかを伺いました。
篠田節子さん 作家
目の前の問題を どうするかを第一に。
篠田節子さんに初期の乳がんが見つかったのは2017年の春。長年、老化と認知症のため目が離せなくなっていた母親が介護老人保健施設に入所し、 やっと肩の荷が軽くなったとき。下着についた小さな灰色のしみ、それががん発見のきっかけになりました。 「でもステージ1から2のごくごく初 期のものでしたし、女性の 数人に1 人はかかる、よくある病気ですからね」と篠田さん。右胸を全摘し、人工の乳房を再建しました。
そうしたがん治療の顛末と、母の介護の日々を記したエッセイが話題です。 タイトルは『介護のうしろから「がん」が来た!』。帯には「まさにガーン!」という笑える文言が。一読すると、おおらかにユーモラスに状況と向 き合う篠田さんの明るさ、理性的でクールな姿勢が印象的です。「読者の中にはがんと言われて落ち込んで、その先へ一歩も進めないという方もいらっしゃって。そういう方から 本を読んで励まされた、その後治療を受けて、元気になったというご連絡をいただき、ああ書いた甲斐があったなとは思いました」
ヘルパーさんなど他者をなかなか受け入れない老母の暮らしを支え、そし て自身の病気。ついつい暗いほうへ気 持ちが流されていきそうですが。 「がんと診断されたら人生観とか死生観とかが変わるかと思っていましたが、 なにも変わらないんです。年も年だし、 人間生きていれば病気くらいしますよね。そのたびに人生観が変わっていたらたまらんわ、という感じです。それより母のことや、自分の病気をどう乗 り越えていくか、いかに効率よく目の前のことを片付けていくか、そっちを考えるタイプなんでしょうね」
どんなふうに生きていくのが幸せなのか。
目下の気がかりは、亡き父といまは施設にいる母が住んだ家をどうするか。 昭和に建てられた一戸建ての大きな家、 ものも大量に詰まっています。 「人間、一生の間にこれだけのものを持って生きるって、どうなんだろうと思うのです。こんな頑丈で大きな家を 持つ必要があるのかしらって」
もともと、ものには執着の薄いタイ プ。旅する、泳ぐ、音楽を聞いたり演 奏したりする、そんな「こと」のほうが大事なんです、と篠田さん。 「簡単なものを身に着けて、小さなところでミニマムに暮らして、自由にどこへでも飛んでいける、それが私にとっては一番幸せなんだということが、 わかったように思います」
篠田節子/作家
1955年東京都生まれ。市役所勤 務を経て、90年に『絹の変容』に て作家デビュー。『介護のうしろ から「がん」が来た!』は集英社 刊。4月に光文社より短編集を上 梓の予定。
『ku:nel』2020年5月号掲載
写真 三東サイ / 取材・文 船山直子