【私の読書時間】エッセイスト、作家・平松洋子さんが選ぶ3冊。介護や身体の経年変化などマチュア世代が気になること

著名人の方にクウネル世代におすすめの本を教えてもらう「私の読書時間」。今回はエッセイスト、作家・平松洋子さんにお話を聞きました。

PROFILE

平松洋子/ひらまつ・ようこ

1958年岡山県倉敷市生まれ。食文化、文芸などをテーマに幅広く執筆。『買えない味』でBunkamuraドゥマゴ文学賞、『野蛮な読書』で講談社エッセイ賞、『父のビスコ』で読売文学賞受賞。近刊に『おあげさん 油揚げ365日』(文春文庫)。

命や身体と向きあうきっかけをくれる3冊。

魅力的な食をめぐるエッセイや書評でクスリと笑わせ、ジンとさせ、読者を楽しませてくれる平松洋子さん。近年は身体や家族の歴史へと執筆の幅をさらに広げています。今回選んでくれたのは、クウネル世代に薦めたい3冊。誰しも親の介護が気になりだし、自身の身体の経年変化を実感する年頃です。その今だからこそ、深く心に響く本が並びました。

『私の身体を生きる』島本理生、村田沙耶香ほか

「器官や機能は同じでも身体は人それぞれ違い、自分の思うようにならない不条理さがある。昔は社会からの抑圧で口にしにくかったけれど、今一度自分の身体性を取り戻すべきときでは」。文藝春秋

1冊目の『私の身体を生きる』は、17人の書き手が自らの身体と性に向きあったアンソロジー。作家や漫画家、美術家らが、真摯に言葉を紡いでいます。

「年を経るに従って、自分の身体を客観的にどう捉え、どうつきあっていくかは切実な問題になっていきます。17人の作家は、身体に対しての考え方もその表現の仕方もまったく違う。柴崎友香さんのように〝一番書きたいのは、自分の身体について書きたくないということだ〟というアプローチもある。読みながら共感したり、自分が感じていた違和感の正体はこれだったのかと気づかされたり。刺激的だし、解放感を抱いたりもします」

『俺に似たひと』平川克美

「死に向かう、生と死の曖昧な領域で、老いをそのまま受け止めると苦しくて壊れてしまう。お父さんの譫妄のように記憶を失う状態は、そこから解放されることなのかもしれませんね」。医学書院

2冊目は父を介護した1年半を60代の息子が綴った『俺に似たひと』。突然母親を亡くした著者は、残された父親と同居することに。食事を作り、入浴を介助する日々は、父親を再発見し、衰退の価値を考えることにつながりました。

「親に介護が必要になったときというのは、親を通して自分の身体も捉え直す時期だと思うんです。著者の平川さんも父親を介護する立場になって、いきなり老いや身体の問題に直面したわけですが、〝俺〟という人称を使うことで、自分を客観的に捉える距離感が生まれ、乾いたユーモアが漂っています。誰にでも訪れる、命を閉じていく過程やその意味について、おおいに思考を促される1冊です」

『巡礼』橋本 治

「主人公はお遍路で歩きながら自分と折り合いをつけ、最後はふうっと命を閉じる。読み返しながら、ほとんど慟哭に近いほど泣きました」。通称昭和三部作と呼ばれる3作品の最初の物語。新潮文庫

3冊目の『巡礼』は橋本治の初めての純文学長編。戦時中に少年時代を過ごし、昭和の日本をまっとうに生きてきたはずの主人公が、なぜ家族を失い、ゴミ屋敷の主になってしまったのか。時代背景を織り込みつつ、その生涯を追いかけます。

「昭和と足並みを揃えるようにして生きた主人公・忠市の物語は、社会と個人の接合点を描きだした傑作です。生家が荒物屋という設定も絶妙で、他人にとってはゴミでも、ゴミと認めれば自分の過去そのものが崩れてしまう。物を持つことが幸福感につながっていた高度成長期が遠い昔になった現在、物からどう解放されていくかはみんなの抱えている問題でしょう。物語の結末には衝撃を覚えますが、歴史に埋もれて生きた無数の日本人に向けた鎮魂でもあると思います。橋本さん自身も商家の生まれで、この中にはご家族や自身の歴史も含まれていただろうし、作家として本作を書くこと自体が巡礼だったのかもしれませんね」

クウネルchoice 新刊ガイド

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『クウネル』2025年5月号掲載 写真/目黒智子、取材・文/丸山貴未子

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『クウネル』NO.132掲載

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