恩田陸さんにインパクトを与えた3冊。8歳の頃、寝食を忘れて読んだ『チョコレート工場の秘密』

誰しも人生の傍に本の存在があるのではないでしょうか。

時に新しい扉を開き、背中を押し、心を癒してくれることも。素敵に年齢を重ねる13人の方々の〝かけがえのない本〟を聞いてみました。

小説家になりたいと思った原点。

「本は好きなだけ与えてもらえ、幼稚園の頃からかなり読んでいた気がします。毎月絵本が届く、福音館書店の『月刊絵本・こどものとも』を頼んでいましたが、本屋で直接、これがほしいと選ぶのが好きで。〝秘密〟というタイトルに弱く、見つけたら迷わず購入していました」

物心ついたときから今まで、本に囲まれて生きてきた、恩田陸さん。ほっこり温かいものも、まっすぐな名作も一通り読んだけれど、記憶に残っているのはダークなものばかりだったそう。
「手塚治虫や石ノ森章太郎など少年漫画を読んでいた5歳上の兄の影響もあったのかも。思い返してみても、暗かったり嫌な感じの話に反応しがちでした」

そんな恩田さんの人生に影響を与えた特別な一冊が、8歳の時に親に買ってもらった『チョコレート工場の秘密』。
面白くて夢中になって。生まれて初めて寝食を忘れてのめり込む体験をしました。と同時に、世の中にはお話を書く作者という存在があると知った本。それまでは絵を描いた人はわかっても、作者の名前を見ても〝誰だろう〟くらいの認識だったので、本に作者がいることに大きな衝撃を受けたんです。小説家になりたい、と潜在的に思った原点といえるかもしれません」

8歳の頃に読んだ『チョコレート工場の秘密』ロアルド・ダール 著 クェンティン・ブレイク 絵 柳瀬尚紀 訳

1964年発表の児童小説。チャーリー少年が暮らす街の謎めくチョコレート工場。工場見学に招かれたチャーリー達が体験する奇想天外な世界とは。評論社

さらに、小学6年のときに読んだ、4つの密室殺人が起きる中井英夫の幻想的な怪奇ミステリ『虚無への供物』も思い入れのある小説のひとつ。
「うすうす感じてはいたけれど、私が好きなのはこういうダークな世界だと、嗜好を自覚した決定打です。文体も魅力がある、どこかペダンティックな作品で、今も定期的に読み返しています」

小・中学生時代は、『チョコレート工場の秘密』や『虚無への供物』のように気に入った本を何度も繰り返し読んでいた恩田さん。だから返す前提の本を借りることができず、自分のものでないと読めない期間が長かったといいます。

高校以降は、図書館で借りて週3~4冊を読むハイペース。大学に入っても、海外ミステリやSF、ホラー、ノンフィクション、エンタメの一部としての日本の古典文学まで、ジャンルを問わず、手当たり次第に読む乱読期が続きます。
「小学生時代から高校を卒業するまでは、漫画も描いていました。面白かったことを追体験するようなプロットを考えるのが楽しかったんです」

何も起こらなくても面白い小説はある、と気づく。

恩田さんの場合、本のある生活がデフォルトで呼吸するように本が身近にあったため、人生観を変えたり生き方に影響を与えるような存在ではなかったといいます。だからこの後に出てくるのは〝成長させてくれた〟というより〝小説に対する考え方が変わった〟本。

「その意味で、インパクトが大きかったのが20歳で読んだ『細雪』です。

20歳の頃読んだ『細雪』(上・中・下) 谷崎潤一郎 著

著者の代表作。1936年から41年の大阪の旧家を舞台に4姉妹の日常生活を綴った長編小説。絢爛な上流階級社会とキャラクターの描写が見事。角川文庫

当時の私はエンタメ至上主義。小説もプロット重視で、面白いことが絶対だと信じていました。アガサ・クリスティーなど好きな作家を追いかけることも多く、谷崎潤一郎もそのひとり。激しめでトリッキーな小説を書く技巧派だと尊敬していたんです。ところが『細雪』は、あらすじもなければ、山もオチもない。それなのに文章になんともいえないスリルとサスペンスを感じて、何も起こらなくても面白い小説はあるんだ、と気づき。テクニックがあってこそ、ではありますが、小説観は確かに変わりましたね」

社会人になり、本を読む時間も余裕もなかった24歳。大病を患い検査入院中に読んだ小説のパワーに圧倒されます。それが村上龍の『テニスボーイの憂鬱』

「自分の状況も忘れて読み耽りました。激しいセックス描写も切実に思え、エロスとタナトスは表裏一体だ、と。その頃、1つ年上の酒見賢一さんが日本ファンタジーノベル大賞を受賞。20代で素晴らしい作品を書く人がいると驚き、自分も書いてみようかなと思い始めていたんです。病気の経験も、書けるうちに好きなものを書こうと決意するきっかけに」

会社勤務の傍ら執筆活動をスタート。
初めての小説『六番目の小夜子』は、日本ファンタジーノベル大賞の最終候補作となり、作家デビューを果たします。

小説を読む喜びを、しみじみ考えた。

デビューから四半世紀が経った50歳から読み始めたミラン・クンデラの数々の作品も、今まで読んできた本とは違う感覚を味わったものでした。

50歳の頃に読んだ『存在の耐えられない軽さ』ミラン・クンデラ 著 千野栄一 訳

プラハの悲劇的な政治状況下を背景に、優秀な外科医、田舎娘、奔放な画家の不思議な三角関係を描く哲学的恋愛小説。甘美で切ない衝撃作。集英社文庫

「プロになってから、次はこんなジャンルで、こういうテーマでとか、常にいろいろ考えているわけです。でもクンデラ作品をいくつか読んだら、まったく自由に書いている。読者に面白いと思ってもらうためでなく、自分のために書いているようで。そういう作品もしみじみ面白いとわかったことは、作者としても、読者としてもすごく新鮮でした。自分が書こうとは思わないけれど、小説は自由なんだ、と改めて考えさせられた本です」

効率重視の現代は、読書においても選ぶ本を失敗したくないと、ジャンルばかりを気にしすぎる傾向があるようです。「ジャンルを超えて面白く読めるものはたくさんあります。損得を気にせず、自由に本の楽しみを見つけてほしい」

PROFILE

恩田陸/おんだ・りく

宮城県出身。早稲田大学卒業。 1992年『六番目の小夜子』でデビュー。2005年『夜のピクニック』で本屋大賞、2017年『蜜蜂と遠雷』で直木賞、二度目の本屋大賞など受賞歴多数。

『クウネル』2024年11月号掲載 写真/加藤新作、 編集・文/今井恵、矢沢美香、取材・文/片岡えり

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『クウネル』NO.129掲載

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