【前編】大好きなパリを通じて手に入れた「衣食住に関わる永遠の仕事」とは?

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東京・目黒にあるフランス雑貨店『マムール』のオーナー店主である名津井麻真さん。努力して習得したフランス語を生かしいきいきと働く名津井さんの生き方や、これまでの転機を、2回に渡ってご紹介します。

名津井麻真さんにとって、学生時代からデザイナーの金子功さんは憧れの存在でした。念願かなってBIGIグループに入社、最初の夢を実現させた瞬間でした。
「大好きなピンクハウスはもちろん、カール・ヘルムではメンズのプレスの仕事をしていました。フランス出張も多く、勢いのあるアパレル業界でいろいろなことを体験し、学びました」 と、名津井さんは語ります。

その後、結婚して退職。20代後半はファッションからは遠ざかり、主婦と して食と住に重点を置く生活に切り替わります。
「時間があったので、ル・コルドン・ブルー東京でお菓子作りを習ったり、フランス語の勉強をしたりと、意識は家の中に向いていました」

その頃、頭の中で描いていたのは、パリで体験し、憧れた、サロン・ド・テのような空間を作りたいという想いだったといいます。素敵なインテリアの中で、洗練されたテーブルウエアで用意されるお茶の時間。今でこそ、パリに負けず劣らずのカフェが多い日本ですが、この頃は喫茶店やケーキ屋さんがあるばかりでした。

「30歳のとき、離婚や父との死別が重なったせいか自分の中に不思議な勢い がつき、自己資金をすべて投じ、カフェと雑貨の店を出したんです」と名津井さん。
‟名津井さんのル・カフェ・マミィに行くとパリにいる気分が味わえる” と言われるほど、パリやアパレルで培ったセンスを注ぎ込んだ店でした。
「BIGI時代の上司が『名津井がカフェを作ったらしい』と来てくださり、 当時スタートしていたカフェ事業にも関わるチャンスをいただきました。 ブランドを理解していたことと、店舗開店のノウハウがあったからです」

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マムール店内。南フランスのサントロペにあるマリネットのブディ(仏のキルト)や、1977年創業のオー・バン・マリーのプレートやバターディッシュ、リネンの老舗シャルベ・エディションの製品も扱う。

その後、自分のカフェ運営と並行しながら、業務委託という形で、渋谷にピンクハウスのカフェもオープンさせます。
「古巣での仕事は楽しく、世のセレクトショップブームで勢いのある、海外事業部に異動。当時はメールではなく、電話やファックスが主流でした。習っていたフランス語をフル活用するので、停滞していた勉強にも熱がはいりましたね」

その頃は、メゾン・エ・オブジェ(パリで開催される世界最大のインテリアとデザイン関連の見本市)や展示会周りのために、人生の中でもっともフランスと日本を頻繁に行き来していた時期だったといいます。

その3年後に再び転職し、今度はフランスで人気のホームインテリアブランド『メゾン・ドゥ・ファミーユ』の日本立ち上げに携わることになりました。
「まずは研修のため、フランスに3ヶ月滞在。一気にフランスが身近なものになりました。さらに、今も交流のある当時のアートディレクターのフェランさんやキャロリンなど、その後長い付き合いとなるフランスの友人もできました」
【後編】につづく

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友人であるフランス人のアンティークコレクターから譲られた、希少なアンティークが並ぶ棚。
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高級プレタポルテのブレードやリボンを作っていた工場で手に入れたヴィンテージのジャケットブレード。
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