演劇ジャーナリスト・伊達なつめさんのおすすめシアター『歌わせたい男たち』

歌わせたい男たち

演劇ジャーナリスト・伊達なつめさんが旬の公演を紹介。今回は、卒業式で国歌を歌うのか、歌わないのか……。 時代の空気をコミカルに描いた永井愛の代表作です。

時代の真実をさらりと描く。 評判の傑作14年ぶりの再演

歌わせたい男たち

森鷗外(『鷗外の怪談』)のような 歴史上の人物から、嫁姑や勤務先でのパワハラ問題等で消耗する現代の50代一般既婚/未婚女性(『片づけたい女たち』)まで。永井愛は、社会 の空気と家庭の圧力に翻弄される悩み多き人々の姿を、圧倒的な親近感をも ってコミカルに描く達人です。

なかでも傑作の誉れ高い『歌わせたい男たち』が14年ぶりに上演されることには、 興奮とある種の感慨をおぼえます。

やっと都立高校の音楽講師の職を得た元シャンソン歌手のミチルが、苦手 なピアノ伴奏を担当するためテンパっている、卒業式当日の朝。緊張する彼女を垣間見ていた校長の態度が、だんだん変質してゆきます。

ミチルの十字架のネックレスを見て、クリスチャンかどうかを執拗に確認したり、同僚の社会科教師・拝島との仲を疑ったり。

実は、ミチルの前任者は熱心なキリスト教徒で、信仰上の理由から「君が 代」の伴奏をすることに悩み辞職していたこと、拝島は思想的立場から国歌斉唱時の不起立を表明していることで、 ミチルも国歌伴奏を拒否するのではないかと、校長は疑心暗鬼に陥り始めていたのです。

無宗教&ノンポリでポカンとするだけのミチルを尻目に、周囲の不穏な状況はどんどん加速して……。

2005年の初演時前後は、全国で国歌斉唱時の不起立者を処分する事例が頻発し、裁判も多数起きていたことを思い出しました。今また別件で、信教や思想および良心の自由について改めて考える機会が増えようとは……。

どんな個人的な出来事も社会の動き、 ひいては国家の姿勢と不可分であることを、永井愛はサラッと柔和に、かつ、深く突き刺さるように示してみせるのです。

文/伊達なつめ

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