お手本にしたい向田邦子の美しい生き方1。日常の裏側を鮮やかに切り取った昭和の作家・脚本家
作品はもちろん、おしゃれで食通、猫と旅を愛したライフスタイルが時代を超えて愛され続けている向田邦子。貴重な写真やエピソードから、その魅力を紐解きます。
凛と美しくセンス抜群、永遠の〝憧れのお姉さん〟
脚本、エッセイ、小説……物書きとして順調にキャリアを重ね、50歳という節目の年に直木賞を受賞。多くのファンが次の作品を待ち望んでいた翌年、不慮の事故により51歳という若さで急逝したのは、今から44年前。
「美人でおしゃれで仕事ができる。南青山のマンションに猫と暮らし、おいしいものと旅行が大好き。とにかく女性が憧れる要素をたくさん持っていらした方。ご本人は飾らず自然体だったので、自分のライフスタイルが令和の今も注目を集めていることを知ったら、びっくりするかもしれませんね」
そう語るのは『かごしま近代文学館』の学芸員・井上育子さん。妹の和子さんが寄贈した洋服や器、写真などの展示を企画するなど、向田邦子さんの担当を務めて24年になるそう。
「向田さんのエッセイは、日常の些細なことをテーマにしているので、自分ごとに置き換えて共感しやすい。完璧な女性に見えるのに、ぐうたらでおっちょこちょいな一面も見せてくれるから親しみが持てるんです。一方『阿修羅のごとく』のような作品ではどろどろした女性の毒を書いていて、本当はどんな人だったのか、まったく掴めない方です。尻尾を掴もうとすると、するりとすり抜けてしまう、まるで猫のような人。仕事仲間には〝人たらし〟とも言われていたようです」
手先が器用で何事も飲み込みが早く、裁縫、編み物、料理が得意。器や骨董を選ぶセンスも抜群で、素敵なもの、ときめくことにはお金も時間も惜しまない。数多く残されたエッセイや回顧録からは、そんな人柄がしのばれます。「おしゃれも暮らしも、向田さんの軸にあったのは好奇心。常に興味のあるものにベクトルが向いていて前向きな方という印象です(井上さん)」
「20代は映画記者、30代はラジオ作家、40代はテレビ作家、50代は小説作家ということになりますね。60代は見当がつかないけれど、また何かを始めてるんでしょうね」と語っていた向田邦子さん。もしあのまま人生が続いていたら、どのような作品を書き、どのような生き方をしていたのか、想像せずにはいられません。
向田邦子の生き方に触れる珠玉のエッセイたち。
『新装版 夜中の薔薇』
突然の死の直後に出版されたエッセイ集の新装版。凛として自己主張を貫いてきた半生、食や人にまつわる鮮やかな思い出、旅の記録……。様々なテーマの文章から、向田邦子の人となりがしのばれる一冊。講談社
『新装版 眠る盃』
「荒城の月」の「めぐる盃かげさして」の一節を「眠る盃」と覚えてしまった少女時代の回想から蘇る家族の情景を描いた表題作をはじめ、なにげない日常から鮮やかな人生を切り取るエッセイ集。講談社
『男どき女どき』
何事にも成功する時を男時(おどき)、めぐり合わせの悪い時を女時(めどき)という平凡な人生の中にある一瞬の生の光芒を描く最後の小説4篇に、エッセイを加えたラスト・メッセージ集。新潮社
『向田邦子 ベスト・エッセイ』
「姉のところには何故か面白いことが押し寄せてくる」と語る末妹の和子さんが選んだエッセイ集。家族、食、旅、愛用品、仕事などテーマ別に50編を収録。角田光代さんの解説も必読。筑摩書房
PROFILE
向田邦子/むこうだ・くにこ
1929年東京生まれ。映画雑誌の記者を経てラジオ、テレビの脚本家に。エッセイスト、小説家としても数々の名作を残す。1980年には連作短編『花の名前』『かわうそ』『犬小屋』で第83回直木賞を受賞。1981年、取材中の台湾旅行で飛行機事故のため急逝。
取材・文/吾妻枝里子、取材協力/かごしま近代文学館
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