川邉サチコさんが語る、かっこいい生き方とは?時代をともにしたレジェンドたちとのストーリーPart2
60、70、80年代へと日本のファッション黎明期に最前線に立ち、活躍をした川邉サチコさん。仕事の場で、プライベートで、圧倒的な顔ぶれと時代を共に生きて感じ得てきたこととは?語りおろしです。
私を成長させてくれた、かっこいい大人たち。
ーー「キャンティ」でのいろいろな出会いから受けた影響とは?
いちばん付き合いが長くなったのが花田美奈子さん。タンタンの紹介で知り合ったんです。銀座のクラブ「ラ・モール」のマダムだった傑女。第一印象からお互い最悪で「なによ!」って感じで対立もしたけど、温かい包容力のある女性、器の大きい人でした。
ジュンコつながりの芳村真理さんはタレントさんを私のサロンにひょいと連れてきて、「素敵にしてあげて!」と言われたものでした。彼女の紹介でデザイナーの花井幸子さんとも知り合って。花井さんの服の傾向は私のタイプとは違うと思っていて、仕事はほとんどご一緒しなかったけど、親しくしてもらいました。
南青山の“村長さん”って慕っていたのが石津謙介さん。ジュンコたちと青山墓地近くのエリアを盛り上げる目的で、外苑西通りのあのあたりを「キラー通り」と命名する!と思いついて石津さんに相談しに行ったり。懐かしい!石津さんはいつも「尖って生きなさいよ」と言ってくださり、忘れられません。アートディレクターの渡邊かをるさんや、アルファ・キュービックの柴田良三さんとのご縁もいただきました。
ーー仕事で接して、なかでも“仕事に惚れた”という人はどなたですか?
ジュンコはどちらかというと友達の側面が大きかった。一緒にやったということで三宅一生さんと石岡瑛子さん。この人のためなら、とがんばって担ぎたくなる創造の塊たちでした。一生さんとはパリコレで“一枚の布”をテーマにしてデビューしたときから、10年間一緒にショーの仕事をしました。建築家のような頭脳を持ったイエス・ノーのはっきりした人。デビューから大切な仲間という意識は高いですね。いつも侃々諤々やりあって、ショーをつくりました。
70年代から80年代 、パルコの広告ほかで石岡瑛子さんとよく仕事しました。私に「うぬぼれは大事よ!天才って思 った方が勝ち!」という言葉をくれたんです。何か納得できますよね。
ーー全員がすごいエネルギーと個性!先生も同じテンションでしたか?
ポリシー、美に対する哲学を持っていた人ばかりで、みんなナルシストだったと思う。才能もあって野心も隠さない人たちに対して、私はどこかクールに引いていたところもあります。たかが美容師、だけどそうじゃない。そこに留まらないで、ものをつくるために力を尽くす喜びを謳歌できてた!
ーー90年代以降、出会ったかたで印象深いかたを教えてください。
今まで出してきた人たちとタイプは違うけど……着物ジャーナリストの中谷比佐子さんは筋が通ったすごい人。着物の着こなしも参考になるし、造詣が深い日本文化のこと、いろいろためになることを教えてもらいました。
ーー周りのかっこいい大人たちの影響はどんなふうに生きていますか。
すごい人たちばかりにたくさんのことを学ばせてもらいました。ときどきは巻き込まれて……。彼らはクリエーションに集中していて、女の人をきれいにするという志向とはちょっと違っていたけれど、時代も変わり役割も違う。私は元気なおばさんを増やすよう、これからもがんばりたいと思います!
60年以上にわたり美容界で活躍を続ける川邉さん。「記録として自分の年表を作りました。多くの方との出会いで今があることに改めて気づかせていただきました」
PROFILE
川邉サチコ/かわべ・さちこ
87歳
トータルビューティクリエイター
1938年生まれ。パリで美容を学び、〈イッセイミヤケ〉、〈イヴ・サンローラン〉など国内外のショーや広告、アーティストのヘアメイクを担当。娘の美木ちがやさんと「KAWABE LAB」を主宰。ファッションや美のアドバイスを行う。近著に『87歳。”私基準”で生きる』(プレジデント社)。
Instagram:@sachiko_kawabe
『クウネル』2025年11月号掲載
写真/加藤新作、玉井俊行、取材・文/原千香子、編集/河田実紀
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