川邉サチコさんが語る、かっこいい生き方とは?時代をともにしたレジェンドたちとのストーリーPart1

川邉サチコさん

607080年代へと日本のファッション黎明期に最前線に立ち、活躍をした川邉サチコさん。仕事の場で、プライベートで、圧倒的な顔ぶれと時代を共に生きて感じ得てきたこととは?語りおろしです。

私を成長させてくれた、かっこいい大人たち。

川邉サチコさん

ーー最初に美容の世界に飛び込んだきっかけを教えてください。
日本橋の商家で育った私は、いわば下町のおねえさん。日本文化に囲まれて育ったのに、ファッションの世界の先端で働けたのはおとぎ話みたいですよね?それはやっぱり幸運な出会いがたくさんあったから。突出したクリエーターたちの熱気を近くで感じたゆえだと思うんです。

美大を出るころ結婚を決めたのですが、相手の母、義母から受けた影響が大きかったと思います。お嫁に行くという気分だったのに、意に反して婚家の家業である美容の仕事にだんだん入り込むことになって……。義母のお供でパリに行って、美容スクールにも通わせてもらったり、オートクチュールの現場をのぞかせてもらったり。「キャンティ」のマダムとして多くの人に慕われた川添梶子さん(タンタン)とも義母の紹介で出会いました。

ーーそのころはどんなお仕事をされていましたか?
60年代半ばには雑誌やCM、ショー(特にオートクチュール)のヘアメイクを始めていました。クリエーションの一角にすっと入れたのも、パリで現場に接した経験があればこそでしたね。

ーー「キャンティ」でのいろいろな出会いから受けた影響とは?
タンタンはイタリアで彫刻を学んだ人でセンスがよくて、インターナショナルな感覚の持ち主。日本人離れしていました。憧れの人。のちに私が離婚したとき、みなが反対しているなかで違うとらえ方をしてくださって、ずいぶん励みになったことを覚えています。

「キャンティ」に集う仲間、照明デザイナーの藤本晴美さんが離婚した私を励ます集まりを開いてくれた際(73年)、梶子さんから送られた電報の素敵な文面は印象的でとってあるんです。

いちばん強力な出会いはやっぱりコシノジュンコさん。ジュンコは人生の起爆剤ですね。ふつうのおねえさんから引き上げてもらったわけですもん。彼女はもう見たことないいでたちで強烈、少女のような精神を持っている自由な人でした。一つ下。誘われて南青山のビルで彼女のブティックとひと続きにヘアサロンを出したのが67年。毎日のように一緒に過ごし、子育ても しながら働いて……濃厚な数年でした。

「キャンティ」で出会った人たち、今考えるとすごいんです。ジュンコはまりこ(加賀まりこさん)やズズ(安井かずみさん)と遊んでいることも多かったですね。ジュンコが紹介してくれたのは画家の金子國義、人形作家の辻村寿三郎、劇作家の寺山修司、挿花家の栗崎昇、デザイナーの高田賢三……といったアーティスティックな面々。うちにみんなで来たり、賢三さんが帰国したら集まって騒ぐとか賑やかでした。栗崎さんは日本、外国の美しいものに対しての造詣がとてつもなく深く、いろいろ教わったものです。

川邉サチコさん

60年以上にわたり美容界で活躍を続ける川邉さん。「記録として自分の年表を作りました。多くの方との出会いで今があることに改めて気づかせていただきました」

PROFILE

川邉サチコ/かわべ・さちこ

87歳
トータルビューティクリエイター

1938年生まれ。パリで美容を学び、〈イッセイミヤケ〉、〈イヴ・サンローラン〉など国内外のショーや広告、アーティストのヘアメイクを担当。娘の美木ちがやさんと「KAWABE LAB」を主宰。ファッションや美のアドバイスを行う。近著に『87歳。”私基準”で生きる』(プレジデント社)。
Instagram
@sachiko_kawabe

『クウネル』2025年11月号掲載
写真/玉井俊行、取材・文/原千香子、編集/河田実紀

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『クウネル』NO.135掲載

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