【80代以降のひとり暮らしvol.2】87歳土鍋作家・大蝶恵美子さん人生のしまい方
プロの料理人にもファンの多い「大蝶鍋」。タジン鍋のようなフォルムでおいしい料理がつくれると評判です。その作り手・大蝶恵美子さんのひとり暮らしを取材。土鍋作家になるまでの半生と、年を重ねても好きなことに打ち込む八ヶ岳山麓での豊かな暮らしのレポートをお届けします。
60代から90代までの、ひとり暮らしを楽しんでいる6人のライスタイルを紹介する書籍『人生後半のひとり暮らしを穏やかに楽しむ』(主婦と生活社)から紹介します。
土鍋が日々の食事を支える
~【80代以降のひとり暮らしvol.1】プロも愛用する魔法の土鍋の作り手・大蝶恵美子さんからの続きです。~
そんな土鍋で大蝶さんが作るのは、慣れ親しんだ母親の味です。「母が料理を作るのが好きだったので、私は食べる専門でした。今はひとりなので自分で作っていますが、日々のごはんは小さい頃から食べてきた記憶の中にあるものを使い回している感じですね」
食卓に並ぶのは、この土地ならではの自然の恵み。春先はフキノトウやワラビ、行者にんにく、わけぎをはじめとする山菜や薬草を採集し、家庭菜園で育てた野菜のほか、地元の直売所で購入したものを使います。
「春になって暖かくなると、庭先にテーブルを出して食事することもあります。自然の中だとおにぎりだけでも、すっごく美味しく感じるの。土鍋で炊いたごはんならなおさらです」
最近はおっくうになり、料理の回数が減っているそうですが、それでも週に1度はキッチンに立ち、1週間分の料理を一気に調理しています。6つの土鍋でカレーや煮物などを作り置き、順番に食べていくのが習慣です。
「もともと、掃除や片づけが苦手で、後回しにするタイプだから、料理をまとめて作ったほうが後片づけも楽になるでしょう? 今は好きなことだけやるのが健康にもいいと思っています」
暮らしを豊かにする手作りの家
土鍋を本格的に作るようになってから、母家の一角をリフォームしてギャラリーに。リビングとキッチンは、仲間と一緒に増築したお手製です。
「昔からお金がないのは当たり前で、欲しいものは何でも手作りしてきましたから、増築も私にとっては特別なことではありません。自分で建材を調達して、元大工の友人に指導してもらいながら楽しく建てました。キッチンの食器棚もリビングの飾り棚も自分で作っています」
リビングにはアイアン製の大きな薪ストーブを設置。薪に火をつけるのは難しそうですが、大蝶さんは手慣れたもの。軒下に積んである薪を窓からささっと取り込んで、ストーブにくべて着火し、小窓から火の様子を見ながら調節します。薪は庭木の剪せん定ていで出た木材を利用しているのでとっても経済的で、冷え込む冬場の欠かせない暖房器具になっています。
「アイルランドの料理ストーブで、脇にオーブンがついています。これで丸鶏を焼いたら最高においしいですよ。広い天板には、土鍋をずらっと並べられて同時に調理できる点も気に入っています。薪のパチパチと弾ける音や赤く揺れる炎にも癒やされますね」
ギャラリーと居住スペースには、味わい深い家具やランプが並んでいます。古道具好きなのは母親譲り。どっしりとした階段たんすや漆の箱など、母親の〝好き〞が詰まった空間は、大蝶さんが心穏やかに過ごせる場所です。
隣人や友人との絆を大切に
高齢者の田舎のひとり暮らしでは、何かと不便なことが出てきますが、大蝶さんの周りには、生活のあれこれをサポートをしてくれる友人がたくさんいるため、不安に感じることはありません。買い物があれば車を持っているご近所さんにお願いし、パソコンの使い方は年の離れた友人に教わり、流行りのAIスピーカーも使いこなしています。
「パソコンの設置も全部していただいて、仕事のメールもスムーズになりましたし、画像編集ソフトの使い方も教わりました。メルカリやヤフオク!も利用しますし、YouTubeも大好き。世界のニュースや面白い情報が手軽に見られて刺激になります。先日もYouTubeで観た、外国人旅行者のあいだで流行っているカレーチェーン店にひとりで入ってみましたが、辛さやトッピングが選べておもしろかったです。海外の人や若い人の感性や視点は、私世代とは全く違っていて、とても楽しいですね」
数年前には友人に誘われてモンゴルへ。憧あこがれのゲル(移動式天幕住居)に宿泊して素敵な時間を過ごしました。日々の暮らしでは週に一度、ヨガ教室に通うことが習慣に。土鍋でつながった人がここを訪れることも多く、親しい人たちと一緒に食卓を囲むことも元気の源になっています。
この先の暮らしのしまい方を考える
3年ほど前からは終活と向き合い始め、暮らしのしまい方を模索中です。
「元気なうちにやっておかないと、残された人が大変でしょ? ひとり暮らしですが、ものが多くて仕事場もある。少しずつ小さくしていい状態で渡したいから、あれこれ身の回りの整理を始めました。最初は大変!って思いましたが、片づけ始めたら、ああ終われるんだ! と、何だかうれしくなりました。身軽になるっていいことですね。そのうち工房を閉める日も来るでしょうね」
とはいえ、土鍋作りは継続中。以前よりペースは落ちたものの、小さいものを中心に少しずつ制作しています。最近は新たに土瓶作りに興味を持ち、土作りから試行錯誤を繰り返しているといいます。
「体力的に大鍋は作れなくなりましたから、できるものを少しずつ。私自身、ひとり暮らしなので、ひとり用の鍋があるといいわよね。この年になっても好奇心は旺盛なんですよ。旅行にも行きたくて、今はお遍路さんをすることが目標です。そんなことを考えながら片づけをしています」
いくつになっても、どんなときでも、やりたい気持ちに正直に。大蝶さんの探求心はまだまだ尽きません。
好評発売中の本書では、このほかの魅力的な「ひとり暮らし」が
人生後半のひとり暮らしを穏やかに楽しむ
年を重ねても自分の生き方を楽しみたい。年金暮らし、団地住まい、田舎暮らし…お金をかけなくても豊かな女性たちの軽やかな暮らし。60代から90代までの、ひとり暮らしを楽しんでいる6人のライスタイルをご紹介します。
紫苑さん(73歳)ブロガー
大崎博子さん(91歳)Xユーザー
浅野順子さん(73歳)画家
ウリウリばあちゃん(69歳)YouTuber
大蝶恵美子さん(87歳)土鍋作家
本田葉子さん(68歳)イラストレーター
大蝶恵美子さん
87歳。1936年、静岡県生まれ。静岡大学理学部卒業。学習塾を営むかたわら陶芸を始め、イタリアの工芸高校などに学ぶ。八ヶ岳山麓に窯を開き、後にギャラリー「大蝶山荘」を開設。料理を美味しくする土鍋を作り続けている。https://store.emikooocho.com/
写真/鈴木真貴、編集・執筆/岩越千帆(smile editors)