映画監督・西川美和さんに訊く敬愛する映画監督と心に残る名画たち【前編】

登場人物の苦悩や葛藤、人の心の内側をリアルに描写した『ゆれる』『すばらしき世界』などの作品で知られる映画監督・西川美和さんが、敬愛する映画監督と心に残る映画を紹介してくれました。

PROFILE

西川美和 /にしかわみわ

広島県出身。映画監督、脚本家、小説家。早稲田大学卒業後、是枝裕和監督の助監督などを務める。26歳の時に自作の脚本を元にした映画『蛇イチゴ』で監督デビューし数々の新人賞を受賞。代表作に『ゆれる』『永い言い訳』『すばらしき世界』など。

影響を受けた映画たち

善と悪で片付けることができない、人間の中にあるグレーゾーンをオリジナル脚本で描き出す、映画監督の西川美和さん。高校生までを過ごした地元広島での映画体験が、映画の世界を志すようになったベースになっているのかもしれないと語ります。

「初めて映画館に行ったのは幼稚園の時。母と3歳年長の兄と『スター・ウォーズ 帝国の逆襲』を観ました。母が耳元で字幕を読み上げてくれたのですが、内容は理解できていなかったんじゃないでしょうか。それでも暗闇の中で、大人たちに混じって異なる言語の映画を観たのが印象的で、小学校2、3年生から、お小遣いを握って1人で映画を観に行くようになりました」

熱心に「オールナイトニッポン」を聞いていた中学時代、当時芸人としてファンだった北野武さんの監督デビュー作『その男、凶暴につき』を観て日本映画に対する印象が変わったのだそう。

「日本映画って湿っぽくて貧乏くさいなとしか感じてなかったのですが、『日本映画には日本映画の文体がある』と気づくことができたのは、北野監督や森田芳光監督の作品の影響が大きいですね」

大学進学と共に上京すると、上映している映画の数も質も広島の比ではなく、渇望していた映画欲を満たすため、映画漬けの日々を過ごします。

「大学生の頃は60年代や70年代のリバイバルブームだったので、ヌーヴェル・ヴァーグやアメリカンニューシネマなどの作品に触れて刺激を受けました。大学を卒業して助監督になってからは、先輩たちの推薦作を片っ端から。仕事帰りに是枝裕和監督と助監督の先輩と、新宿のTSUTAYAに立ち寄って『これ観た?』なんて言いながら4本1000円でレンタルしたものを、週末に一気観したりしていましたね」

映画という共通言語を持つ仲間たちとの仕事は刺激的な一方で、男性が大半を占めた当時の映画の現場は想像以上に過酷だったそう。脚本家なら現場が不得手でも映画の仕事を続けていけるのでは?と書いた脚本を読んだ是枝監督に自分で監督するよう背中を押され、2003年に公開した処女作『蛇イチゴ』は、数々の賞を受賞した。

「20代30代を下積みで費やし、ようやくデビューできる頃にはアイディアも情熱も枯渇している。そんな映画業界の慣習を脱して、若者や女性にもチャンスを与えるべき、という発想をする人がたまたま周りにいてくれたんです。私は創作欲に燃えたアーティストっていう体質ではないので、『えらいことになったな』と思いましたが。企画をいただいても100%のめり込めないものは引き受ける自信がない。自分で題材を探して脚本を書くのでスローペース。最近ようやく、自分の中から出てくるものだけではなく、人のアイディアと組み合わせてやっていく余裕もでき始めましたが」

「成瀬監督の女性の描き方、川島監督の毒に惹かれます」

影響を受けた映画監督について聞いてみると、まず名前が挙がったのは1940年代から60年代に活躍した川島雄三監督。

「大学時代、映画の講義で知った作品が『しとやかな獣』。公団で慎ましやかに暮らしている善良な家族が、実は全員とんでもない嘘つきっていうブラックコメディなのですが、出てくるのはほぼ団地の部屋と家族、わずかな関係者のみ。シナリオの面白さと人間観察の鋭さがあればここまで面白いものが作れるんだと、若い頃にかなり影響を受けました」

年齢を重ねるといいなと感じる作り手も変わってくるもの。若い頃に見た作品を見直し、改めて素晴らしさを発見したのは、生涯で89本もの作品を発表した成瀬巳喜男監督。

「女性が持つ本能や業のようなものを、とても丁寧に、露悪的ではないのに生々しく撮っていて、フェミニズムとかそんな言葉が叫ばれる前の時代に、よく女の現実を描写しているなと感心します。成瀬監督の作品はどれもいいのですが特に『流れる』が好きですね」

成瀬巳喜男監督 『流れる』

女性映画の名手として知られる成瀬巳喜男監督が幸田文の同名小説を映画化。傾きかけた芸者置屋を舞台に、変わりゆく花柳界に生きる女性たちを描く。田中絹代、山田五十鈴、高峰秀子という日本映画界を代表する名女優の共演も見どころ。(1956年公開)「女性たちが偶像的に描かれていた時代に、ここまで生々しく描いた手腕に感服」

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Photo:毎日新聞社/Aflo

川島雄三監督 『しとやかな獣』

舞台は団地の一室。善良に見えて実はエゴイスティックな一家と癖の強い関係者が織りなすブラックコメディ。原作・脚本は新藤兼人、主演は若尾文子。(1962年公開)「川島監督のドライな毒が好きです。45歳という若さで亡くなってしまったのですが、彼が生きていたら日本のコメディは変わっていたんじゃないかと言われています」

© KADOKAWA 1962 U-NEXTで配信中

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『クウネル』1月号掲載 撮影/YUJI TAKEUCHI(BALLPARK)、取材・文/吾妻枝里子

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『クウネル』No.124掲載

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