【八ヶ岳の染織家/後編】母屋では母として。 ここでは ひとりになって、 創作と向き合う。

藤井繭子 八ヶ岳 染織家

背後にそびえる八ヶ岳の山懐に抱かれるように建つ平屋の家。染織家の藤井繭子さんが家族と暮らす開放的な家には、 光と風があふれ、藤井さんの創作と暮らしを支えています。前編に引き続き、藤井さんの八ヶ岳での生活をお届け。

この色を出す、 ではなく、植物がもつ 自然の色を引き出す。 偶然の出合いです。

藤井繭子 八ヶ岳 染織家 織機 アトリエ
織機や道具が整然と並んだ アトリエ。ツタの葉が窓の隙間から屋内まで入ってきて育っているのが嬉しいと

母屋にいるときは、お母さんだったり主婦だったりするけれど、すぐ隣のこのアトリエは藤井さんの創作の場。5台もの織機が並び、染めあがった糸や作品、資料となる図鑑や本、草木の標本などがいっぱい詰まった宝箱のような大切な場所です。

草木染の多彩な糸で織った着物地と並行して挑んでいるのは「詩布」とい う織物の創作。好きな詩の一篇や楽譜、自らが書いた文章を和紙に墨で書 く。それを裂いて紙の糸にして、絹糸と合わせて織るという作品です。元の文章は読めなくなるけれど、託した思いは布になっていきます。

藤井繭子 八ヶ岳 染織家 染め場
アトリエと母屋の間にある染め場。材料を保管し、奥に見える寸胴鍋で煮る。思わぬ色と出合う実験室だ。

「言葉を織りたいという気持ちがあって、始めた表現です。着る人を引き立てるために、着物では織り手の私を出さないほうがいいけれど、詩布は自分の気持ちをそのまま表現しています」

この色を出す、ではなく、植物がもつ自然の色を引き出す。偶然の出合いです。

藤井繭子 八ヶ岳 染織家
モクレンで染めた布に、同じモクレンの標本を置いた作品。オブジェの下に敷いた布も藤井さん作の古帛紗。
藤井繭子 八ヶ岳 染織家
上からフキ、ヤマボウシ、藍、八重桜、ノイバラで染めたストール。植物の色の多彩さに目を見張る。
藤井繭子 八ヶ岳 染織家
染めた糸を並べて、色の組み合わせを決めて、織りあげた着物地。1反織るのに1か月くらいかかる。
藤井繭子 八ヶ岳 染織家
染められて出番を待つ、つやつやとした糸、草木染は動物繊維の絹と相性がよく染まりやすいという。
藤井繭子 八ヶ岳 染織家
草木染の材料を探しながら歩く森で見つけたものたち。自然のままの形や色が創作の刺激になる。
藤井繭子 八ヶ岳 染織家
壁面の棚は標本箱をイメージしたもの。染められた糸や書籍、ポプリ……藤井さんのお気に入りがずらりと。
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木々が芽吹く春先から秋の落葉まで、 色との出合いを求めて藤井さんは庭や近隣を毎日のように歩いています。山繭やドングリ、モクレンの花の標本 ……アトリエには、散歩の途中で見つけたものたちの端正なコレクションが そこかしこに。

こうしたものをインスピレーションに創作を続ける日々。 トントンという機織りの音と共に、 このアトリエも自然の造形のひとつのように見えてきます。

『ku:nel』2021年7月号掲載

写真/柳原久子、取材・文/船山直子

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