背後にそびえる八ヶ岳の山懐に抱かれるように建つ平屋の家。染織家の藤井繭子さんが家族と暮らす開放的な家には、 光と風があふれ、藤井さんの創作と暮らしを支えています。前編に引き続き、藤井さんの八ヶ岳での生活をお届け。
この色を出す、 ではなく、植物がもつ 自然の色を引き出す。 偶然の出合いです。
母屋にいるときは、お母さんだったり主婦だったりするけれど、すぐ隣のこのアトリエは藤井さんの創作の場。5台もの織機が並び、染めあがった糸や作品、資料となる図鑑や本、草木の標本などがいっぱい詰まった宝箱のような大切な場所です。
草木染の多彩な糸で織った着物地と並行して挑んでいるのは「詩布」とい う織物の創作。好きな詩の一篇や楽譜、自らが書いた文章を和紙に墨で書 く。それを裂いて紙の糸にして、絹糸と合わせて織るという作品です。元の文章は読めなくなるけれど、託した思いは布になっていきます。
「言葉を織りたいという気持ちがあって、始めた表現です。着る人を引き立てるために、着物では織り手の私を出さないほうがいいけれど、詩布は自分の気持ちをそのまま表現しています」
この色を出す、ではなく、植物がもつ自然の色を引き出す。偶然の出合いです。
木々が芽吹く春先から秋の落葉まで、 色との出合いを求めて藤井さんは庭や近隣を毎日のように歩いています。山繭やドングリ、モクレンの花の標本 ……アトリエには、散歩の途中で見つけたものたちの端正なコレクションが そこかしこに。
こうしたものをインスピレーションに創作を続ける日々。 トントンという機織りの音と共に、 このアトリエも自然の造形のひとつのように見えてきます。
藤井繭子/ふじいまゆこ
1972年東京出身。日本を代表する染織家・志村ふくみさん、洋子さんに師事。草木染の着物が高い評価を受ける。
『ku:nel』2021年7月号掲載
写真/柳原久子、取材・文/船山直子