【いとうせいこうさんの植物ライフ/前編】枯らしてもめげずに30年、僕はまだまだ素人園芸家です

いとうせいこう ポートレート

エッセイスト、作家、ラッパー、そして俳優と、ジャンルを横断しながら独自の世界観を表現してきた、いとうせいこうさん。その傍ら、長年にわたり園芸を実践し、「素人園芸家」を自称するいとうさんが、『ボタニカル・ライフ』『自己流園芸ベランダ派』につづき、植物との7年の日々を綴った『日日是植物(にちにちこれしょくぶつ)』を上梓。

日々の変化に一喜一憂する植物との暮らし。本書には、その中で生まれた視点やできごとが、ウィットに富んだ語り口で描かれています。いとうさんの園芸観、“観察する日々”の面白さについて伺いました。前後編でお届けします。

「まだ生きてる!」生命力への驚きから、園芸生活30年

園芸を始めて30年以上。最初にいとうさんの心を動かした植物は、母親が突然送って来た「オリヅルラン・金のなる木・笹」の3点セット。

それが枯れちゃったので、焦って飲み水の残りを適当にかけたら芽が出てきたんです。今思えば、水さえやれば復活するタイプの植物だったんだけど。もうダメだと思ったのにまだ生きていた、その不思議さと感動をまた味わいたくて、気づけば次々と植物を買っているんですよね」

いとうせいこう ポートレート

植物の行き来は、本当に縁みたいなもの。ロケ先の下町で“月下美人”の株を押し付けられたこともあるし、小林克也さんからは、高さ三メートルもある巨大なベンジャミンがトラックで送られてきました。

枯れたと思っていたものが芽吹く過程に好奇心を掻き立てられ、植物の変化を観察する面白さに魅了されたいとうさん。特に「オリヅルラン」の独特の形態に、心を掴まれたのだとか。

「リーダーっていう蔓みたいなやつが伸びてきて、その先にオリヅルみたいな新しい葉っぱの集合体ができるんだけど、それは花じゃないんですよ。それで、“え、花はどこ?”っていちいちびっくりして。そんなふうに、植物は見ていて飽きないんですよね」

同時に花屋の店先も気になり、気になる植物を次々と購入。その楽しさを人に伝えたくて書き始めたのが、ブログ『ボタニカル・ライフ』。

「結果、それが本になり、今も書き続けています。綴っているのは観察記録であり、失敗記録であり、そして勝手な“仮説”です」

「わからないまま続ける」それが素人園芸の極意

かなりのロングランとなった園芸生活。ずっとハマっているのは、面白さに加えて、「やめるきっかけがない」ことも理由のひとつだと言います。

「園芸をやめるってことは、全部の命を看取る、意図的に枯らすってことだから、それはできないですよね。人にあげられるほどいい状態でもないし。そうなると、結局この“捨て猫”は、自分で育てるしかない。僕も一生やり続けるしかないんですよ」

ただ、長く続けていても、自称はあくまで「素人園芸家」。その極意とは?

「まず、剪定がよくわからない。どこを切ればいいのか、強剪定か弱剪定か。本には書いてあるんですけど、感覚でいいやと思って。切っているうちに丸坊主になることもあるんだよね。あ、誰かを呼んで剪定してもらえばいいのか」

いとうせいこう ポートレート

アマリリスも大好きなんだけど、分球しないから鉢の中がパンパン。花の下には(球根の)地獄があるって分かってるんだけど、違うものも欲しいから増やしたくなくて、分球問題は見ないフリです。

そんな大らかな「素人園芸」の作法は、肥料のやり方も同じ。人間の「栄養ドリンク」感覚で、元気が無さそうだと思うとつい肥料をやってしまうのだとか。

「しかも1つにあげると他の人に失礼だし、ついでだから全部にやっちゃうんですよ。でも、その中には与えちゃいけないやつもあるわけ。それをあまり気にしないんですよね、僕は。植物には大変申し訳ないんだけど、自分の好きなようにやってるから。そうすると、まあ自然に枯れていくよね(笑)」

そんないとうさんから飛び出したのが、「水をあげない技術」という言葉。いわく、世の中では簡単と思われているサボテンこそ、実は一番難しいのだそう。

「毎日ただ水を遣ればいいだけなら楽なんだけど、“様子を見て”“1週間に1回”“鉢から抜けるほど”“いや抜けちゃだめ”って指示が細かい。うちにも育てづらくて“無いもの”扱いしているサボテンがあってね。隣の鉢の水を浴びながら生きてるんですよ、しかも日陰で。なんでだろう?と思いつつ、今もそのまま放置してます」

共存する「住人」たちとの、果てなき攻防

ベランダ園芸家=ベランダーのいとうさんですが、あまりの猛暑で植物が危ないと感じ、室内園芸家=ルーマーとしての活動もスタートすることに。

「熱さと湿気で、ベランダが“整わないサウナ”みたいになっちゃって。で、家の中はエアコンのおかげで安全だけど、日当たりのいい場所は冷風が当たるから鉢が置けないんですよ、困ったことに」

さらに一時期は、なんと室内にビニールハウスを設置。適度な日陰と日向が必要な植物にはぴったりの環境でしたが、そこでも問題が発生。

「植物には四季があるから、環境が一定のビニールハウスだと、水遣りや風のあて方も工夫が必要。それで少しハウスを開けて植物に扇風機を向けると、自分には風がこない。あれ?扇風機は僕のために買ったはずだぞと気づいて、またハウスを開けたり閉じたり開けたり閉じたり……(笑)」

いとうせいこう ポートレート

風がまんべんなく当たるベランダの方が、やはり室内より育てやすいです。でも夏の熱風や生暖かい雨は、植物にはかなり厳しい。四季が乱れているせいで、せっかく育っても花が咲かないものが増えています。

そんな過酷な環境に耐え、健気に育つ姿に心を打たれながら、ときには植物が持つ「闇」な一面との格闘も。

「蔓は好きなように延びてくるから、もう戦い。“ここはダメだって言ってるじゃないか”って他の棒に巻き付けても、10分もしないうちに外れる、やっぱり植物は動物なんですね。それで手が付けられないと、洗濯物を干す場所が蔓だらけになっちゃうから切るしかない。対話ができないので、結局好き勝手やられて、それを大胆に切ってます」

枯れたり絡まれたりしぶとかったり、嫌になることがあっても「共存とはそういうもの」と、いとうさん。そしてもう一つ、自身を駆り立てるのが「ベランダの空き物件」。

「枯れたものを捨てると、その鉢にある程度の土が残るでしょう。その空間を見ると“あ、植えたいな”ってなっちゃうよね。前の住人が住めなくなった理由があるのに、もしかしてここに合う人が越してきてくれるのでは?という奇跡を期待してしまうんですよ、空き物件に」

園芸ビギナーは「箱推し」から始めよう

植物との共同生活で、さまざまな経験を積んできたいとうさんが、「これから園芸を始めてみたい」というマチュア世代におすすめするのは「ミニシクラメン」。その理由とは?

「小ぶりだから、台所でも窓際でも、ちょっと空いた物件(スペース)にスッと置けるんですよ。もし枯れても小さいし、他の子が元気なら心にダメージがないんです。だからひとつだけではなく、軽い気持ちで5つくらい買って、家のあちこちに置いてみてください。日日草も安くていいですよ」

探知機のように置いてどこが優良物件か分かれば、他の植物もそこに集めればいいのだそう。

いとうせいこう ポートレート

大事なのは、物件の状態をよく見てあげること。ここに置いたら素敵!と思っても、植物にとってはいい場所とは限らないので。お互いにベストなポジションを探してみてください。

「ひとつだけだと、こちらの思いがどうしても重すぎるから、愛情を分散させる意味でも、少し多めに迎えるのがいいんです。ライトに接しているうちに、ヘビーに愛していいと思える子が出てきたら、植え替えれば大丈夫」

つまり、最初は同じ種類を「箱推し」して、その中からお気に入りの子を見つける——という推し活法が、園芸ビギナー向きなのだとか。

「グループを箱推ししている間に、芸能界を辞める子が出てくることもある。でも、それは引退だから仕方ないよね。まあ、園芸の場合は枯らしちゃったっていうことなんだけど(笑)。でも十分に手をかけてあげたんだから、自分を責めることはありません。推し活(園芸)とは、そういうものです。これはあくまで、枯らしがちな僕の持論ですけどね」

後編へ続きます。

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いとうせいこう

1961年、東京生まれ。作家、クリエイター、ラッパー。出版社勤務を経て独立し、小説・エッセイ・音楽・ラジオなど幅広く活動。講談社エッセイ賞受賞『ボタニカル・ライフ』(新潮社)、野間文芸新人賞受賞『想像ラジオ』(河出書房新社)のほか、『ノーライフキング』『自己流園芸ベランダ派』(以上、河出書房新社)など著書多数。

ドラマティックな植物生活を綴ったボタニカルエッセイ、好評発売中!

いとうせいこう 日々是植物

日日是植物

ベランダ園芸歴25年のいとう家。気候変動の煽りで、植物たちはついに室内にも進出。光のある場所に鉢が増え、リビングにはビニールハウス、多肉やエアプランツもあちこちに。ついには自分に胡蝶蘭を贈るほど、植物との暮らしは熱量強めに加速中。
『ボタニカル・ライフ』から25年、『自己流園芸ベランダ派』から12年。ベランダ園芸家改め室内園芸家による、愛溢れるドラマティック植物生活の記録。

日日是植物』(マガジンハウス)1,870円

撮影/斎藤弥里、取材・文/松永加奈

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