【酒井順子さんエッセイ】私が京都に行く理由「平安の雅に想いを馳せる、京都御所散歩」

古典に魅せられ、いつしか足繁く京都に通うようになった酒井順子さん。 頭の中に平安絵巻を広げながら、歴史散歩を楽しみます。

PROFILE

酒井順子/さかいじゅんこ

1966年東京都生まれ。2003年に刊行した『負け犬の遠吠え』で講談社エッセイ賞と婦人公論文芸賞を受賞。2022年に発表した『女人京都』では、紫式部や清少納言など、京都に生きた女性達ゆかりの地を紹介している。

平安の雅に想いを馳せる、京都御所散歩

京都に行ったはいいけれど、外国人観光客も増えてきて、有名な観光地はどこも大混雑。すっかり疲れてしまった。……と嘆くあなた。次回の京都は、いつ行っても確実にすいていて、季節ごとの自然を堪能することができ、京都の歴史を十二分に感じられる上に入場無料という、ある場所を訪れてみてはいかがでしょうか。

その夢のような場所とは、京都御苑。 京都市街地の地図を開いたなら、真ん中あたりにぽっかりと広がる空間が、その地です。何となく「あるなぁ」と思っていても、見どころがわからずに足を運ばない人が多い地かもしれません。

しかし御苑の中には御所の建物があり、そこは長い間、帝がいらした場所。いわば京都の源泉の地なのであり、一度は足を運んでおくと、京都の見方が変わってこようというもの。

明治になって東京に移られるまで、天皇はこちらの御所におられました。御所を囲むように公家の屋敷が立ち並んでいたのですが、天皇と共に公家達も東京へ。その屋敷跡を整備した地が、現在の御苑になります。

ちなみに御苑の西には虎屋菓寮京都一条店がありますので、広い御苑を歩き回る前に甘味を食べておくのも一興なのですが、虎屋は御所の御用を務めていたからこそ、この位置に存在するのでした。そして天皇が東京に移られると共に、虎屋も東京に出店。そういえば東京の虎屋も、皇居の近くにお店があるものです。

なにせ広大な面積なので、絶対に混雑することはない御苑。桜であれ紅葉であれ、盛りの時期に名所とされている寺社へ行ったなら人波に揉まれて鑑賞どころではありませんが、名所と同等もしくはそれ以上の花や木を、御所では静かに、そしていつまでも眺めていることができます。

近くのホテルを定宿にし、御苑散歩を楽しみの一つにしている私。桜や紅葉のみならず、春の新緑、盛夏のサルスベリ……と、どの季節に行っても多幸感を与えられ、

「やはり帝は、気の良い所にいらしたのだなぁ」

と、思わされるのでした。

様々な史跡と出会うことができるのも、御苑の魅力です。たとえば拾翠亭という建物は、かつての五摂家である九条家の一部であり、公家の優雅な暮らしをしのぶことができます。

御所もまた、申し込めば見学することが可能なのでした。平安文学好きの方なら、

「こういう場所に、帝はお住まいだったのか」

「半蔀(はじとみ)って、こういうものだったのか」

などと思うことができ、源氏物語等を読むのが一層楽しくなりましょう。

しかし平安時代に内裏(御所)があったのは、実はこの場所ではありませんでした。平安時代に内裏があったのは二キロほど西の地だったのであり、今の場所に移ったのは、十四世紀のことなのです。

そんなわけでさらに興味がある方には、平安時代に内裏があった跡地の散歩も、おすすめしたいところ。基点となるのは、千本通と丸太町通の交差点です。

私達は、今の御所の位置から考えて、烏丸通が平安時代の朱雀大路だったのだろう、と思いがちです。しかし平安時代の朱雀大路は、今の千本通とほぼ重なるように、都の南北を貫いていました。南を向いて座した帝から見て右側が右京、左側が左京だったのですが、右京が水はけの悪い湿地帯であったため、次第に左京側が発達していったのです。

千本丸太町交差点の近辺を歩けば、清涼殿や弘徽殿等、平安文学でお馴染みの建物跡が、次々と現れることでしょう。この辺りは、現在では庶民的な住宅地ですので、もちろん混雑の心配は無し。平安時代の建物は残っておらず、当時の建物の跡地であることを示す案内板しかありませんから「映え」を期待することはできません。

しかしその地に立って千年の昔を想像すれば、頭の中は華やかな色合いに満たされることでしょう。清少納言は、この辺りで、主人である定子さまにお仕えしたのかも、などと考えるうちに、タイムワープしたかのような気持ちになるはずです。

ちなみに平安時代も、「映え」や「映ゆ」という言葉は、盛んに使われていました。光り輝くこと、華やかなこと、引き立つこと、といった意味を、「映え」は持っていたのであり、その頃は今と同じように「映え」を気にする時代だったのです。

としてみるならば、最も輝く人々が集まっていた内裏の辺りというのは、平安における「映え」の中心地。観光とは、その地の「光」を「観」るという行為ですが、視線を過去まで届かせることによって、今まで知ることのなかった「光」を観ることができるでしょう。

今現在の光を観ることも楽しいけれど、歴史を知れば、過去の光も見えてくる。過去から現在に届く眩しさを感じることこそ、いにしえの都が与えてくれる大きな悦楽なのではないかと、私は思うのでした。

京都御苑

住:京都市上京区京都御苑3
電:075-211-1211
時:9月は9:00~15:50(最終退出16:30)※季節によって異なるためホームページなどで要確認。
休:月曜日、不定休
WEB:https://sankan.kunaicho.go.jp/guide/kyoto.html

『クウネル』11月号掲載 文/酒井順子、イラスト/川合翔子

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『クウネル』No.123掲載

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