国によって「美味しい」の基準は異なります。日本人には、食パンなど〝モチモチ〟食感のパンが好まれますが、フランス人の好みはどうやら異なるようです。
フランス人には、むしろ「croustillant」と呼ばれるサクサク感の方が圧倒的に支持されま す。だからこそ、バゲットなど外皮に歯ごたえのあるものを好む人が多いのです。
そしてその〝歯ごたえ食育〟が始まるのは、なんと乳幼児時代から。おしゃぶりや歯固め代わりにバゲットの端を与えてしゃぶらせるというから、硬いパン好きは筋金入りと言えそう。
ちなみに、バケットとトラディションの違いをご存知ですか?
バゲットとは、小麦粉、水、塩を材料に、酵母で発酵させた細長いパンの こと。対してトラディションは、バゲットの一種なのですが、さらに厳格な製法で発酵させ、焼かれたもの。
80年代にパンの質が落ちた際、職人たちが組合を作って規則を制定。冷凍せず、添加物を含まず、規定水準の小麦粉、塩、イーストを使用したバゲットのみがトラディションを名乗れます。つまり、職人技で作られた正しいバゲットを、トラディションと呼ぶのです。
バケットの細長い形のルーツには、諸説ありますが、特に有力とされているのが、ナポレオンによって定められたという説。兵士たちが戦時中もズボンにぶら下げて携帯しやすいよう、細く長い形にすることを命じたことで完成したというもの。
もうひとつは、パン屋さんの就業時間が厳格に定められたため、効率よくパンを焼くために細長くして、焼き時間を短縮したという説。
どちらにせよ、フランス人を満足させる美味しい形が出来上がったことには変わりなく、現在に至るまでフランス人はバケットに夢中なのです。
パリの街中で、買ったばかりのバゲットを歩きながら噛っている人を目撃 したことはありませんか?
「日本でつき合っていたフランス人が、会計前 のバゲットを食べ始めて驚愕したが、フランスでは皆がやっていて納得した」なんて日本人女性の意見もあるほど、実はありきたりな光景だったりします。
美味しいものには目がないフランス人。焼きたての絶品バゲットを目の前にしたら、その美味しさには抗えないものがあるのです。
『ku:nel』2019年11月号掲載
写真 Yas/コーディネート・文 井筒麻三子/編集 今井 恵