作家・中島京子さんの選書は、先の見えない時代に希望を灯してくれるような3冊。【成長するための読書案内】

成長するための読書案内 中島京子さん

読書を通じて他者の多様な考えに触れて、人は大人になっても自分を見直し、変わっていくことができます。本がもたらす発見と喜び。読書好きな人に聞いたあなたを成長させた本とは。作家・中島京子さんに伺いました。

教えてくれた人

PROFILE

中島京子/なかじま・きょうこ
作家

1964年東京生まれ。『小さいおうち』で直木賞、『やさしい猫』で芸術選奨文部科学大臣賞、吉川英治文学賞を受賞。近刊の極上お散歩エッセイ『今日もぼーっと行ってきます』も好評。

先の見えない時代に言葉の栄養を求めて。

「大人には、今の時代や社会を作っている責任があると思うんです」

と話す中島京子さん。認知症の父とその家族を描いた『長いお別れ』、入管制度の理不尽さや家族の在り方を問いかけた『やさしい猫』など、時代や社会の問題をやわらかな筆致で描いてきました。

「今は先の見えない、混乱した時代。私自身、その閉塞感に疲弊していく感覚もあります。だからこそ、そこに希望を灯してくれるような本を読みたい。責任ある大人として成長し続けるためにも読んでおきたい作品を挙げてみました」

1冊目はごく最近読んだというドリアン助川さんの『動物哲学物語 ナイス実 存』です。「マズい竹を食べる選択をしたパンダ」や「実存を追い求めるタスマ ニアデビル」など、ユニークな動物を主人公に古今東西の哲学をひとさじ。楽し い20編に仕上げています。

動物哲学物語 ナイス実存 ドリアン助川

62歳で読んだ
『動物哲学物語 ナイス実存』
ドリアン助川 著

登場するのはコアラ、インドサイ、モモンガなどオーストラリア大陸とアジアに棲む動物たち。ユング、プラトン、ブッダなど東西の哲学を織り交ぜ、悲喜こもごもの物語に。集英社インターナショナル

「メルヘンのような動物たちの物語に著者の考えがうまく溶け込ませてあり、す っと心に入ってきます。でも、ただ楽しいだけではなく、今心に必要なものがこ こにはあって。閉塞感への具体的な処方箋ではありませんが、根底に他者とのつながりや生きることへの肯定が感じられ生きづらい世の中へのヒントになっています。こういう端的な、詩に近い言葉が今求められている気がしますね。言葉の栄養をみんな欲しているんでしょう」

次に挙がったのは森まゆみさんの『暗い時代の人々』。

「暗い時代」とは大正デモクラシーのころから、思想弾圧が行われ、戦争が始まってしまう昭和初期まで。窮屈な時代にも弾圧にも屈することなく、自由な精神を貫いた8人が描かれています。中島さんには同時期の中流家庭を描いた『小さいおうち』という作品があり、『暗い時代~』も単行本の刊行された2017年に手に取りました。

暗い時代の人々 森まゆみ

53歳 で読んだ
『暗い時代の人々』
森まゆみ 著

「第二章の社会主義者・山川菊栄は平塚らいてうほど知られていませんが、ユーモア感覚にすぐれた人で深刻な局面を笑いで乗り越えた面も。ユーモアは息苦しさに風穴を開けてくれますね」。亜紀書房

「森さんがこの本で繰り返し書いているのは『次の戦争を止められなかったら、 わたしに責任はある』ということ。戦争を、暗い時代を繰り返させないために、 私たちは事実を知っておく必要がある」

読んだ当時「今の状況は戦時中に似ている」と感じてから約10年、現在は?

「社会運動家の山本宣治(せんじ)は、1929年の治安維持法の改悪に反対する演説を用意し、『山宣ひとり孤塁を守る』と言った人。結果右翼に刺され、命を失います。議会が力を失い、きちんとものを言える人がいなくなっていく具体例が、胸に刺さりました。怖いことと思いつつも、暗い時代の狂気に巻き込まれず、まともさを保った人々がいたことに希望を見出します。当時は少数派だったけれど、今私たちの多くがそれを保とうとすれば、世の中は変わってくるはずです」

歴史的な話はちょっととっつきにくいと感じる人には「竹久夢二など興味の持てる人から拾い読みしても」と薦めます。

「夢二は美人画で知られ、多くの女の人と浮名を流したイメージですが、関東大震災の後、被災した東京の街のスケッチを数多く残しているんですよ。意外な一面がここでは紹介されています」

時代状況を考えるとき立ち返って学ぶバイブル。

同じく、刊行当時、手にしたのがショーン・タンの『アライバル』。セリフや文字が一切入っていない、移民をテーマにした絵本です。

「ひとりの男の人が新しい土地に移り住み、徐々にそこになじんでいく様子が絵だけで描かれています。書かれている文字も人がしゃべる言葉もわからないし、住人は不思議なものを食べていたり、見たことのない動物がいたり。見知らぬ世界へひとりで入っていくのは、こういう感覚なんだと気づかされます。家族を呼び寄せ、再会する胸の熱くなるシーンなど、言葉による説明がまったくないことで、かえって心に残りました。細部まで丁寧に描き込まれた絵が素晴らしく、この絵を見るだけで喜びがありますね」

アライバル ショーン・タン

40代の終わりに読んだ
『アライバル』
ショーン・タン 作 

刊行は2011年の東日本大震災の直後。「震災後の不安定なとらえどころのない感覚とリンクする感じが あって。見返しに老若男女の顔がずらっと並んでいるのも胸に迫るものがあります」。河出書房新社

中島さんにも外国からの移民問題を描いた著作『やさしい猫』がありますが、

「SNSにひどい言説があがって、今の時代状況を考えたりするとき、フッとこの絵本の絵が思い浮かぶんです。立ち返って学ぶバイブルのような存在」

どの本も何回も繰り返し読み、そのたびに新しい発見があるという中島さん。

「自分自身が年を重ねて気づくことがあったり、時代が変わったことでピンとくる部分が違ってきたり。過去に挑戦したけれど読めなかった本が、数年後に面白く感じられたり。それを成長と言っていいのかわからないけれど、さまざまな本との出合いが、間違いなく、今の私を作ってくれていますね」

『クウネル』2026年11月号掲載
写真/久々江 満、取材・文/丸山貴未子、編集/船山直子

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『クウネル』NO.141掲載

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