【私の読書時間】作家・江國香織さんが選ぶ「読んでばっかりの日々に心にとまった」3冊
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著名人の方にクウネル世代におすすめの本を教えてもらう「私の読書時間」。今回は作家の江國香織さんにお話を聞きました。
PROFILE
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江國香織/えくに・かおり
1964年東京生まれ。『読んでばっか』(筑摩書房)は、山本容子さんの繊細な装画も目をひきます。「私は書評では嘘がつけない。書評を読んだ人がその本を読んでみたくなるように書きたいと思っています」
2024年に読んだ、心にとまった3冊。
お風呂の中で。電車で。歯医者の待合室で。家の外に一人でいるときは必ず本を読んでいるという江國香織さん。これまでに書いた書評を集めた『読んでばっか』は本を読む喜びにあふれたエッセイ集です。
「原稿を書かなければいけない時間も読んでいる」そうで、そんな江國さんが「2024年読んだ本の中からお薦め」の選りすぐりの3冊です。
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『ねえ、おぼえてる?』シドニー・スミス、訳/原田 勝
「お父さんと3人で暮らしていた頃遊んだ野原の空気や、夜が明けて朝になっていくときの清潔な明るさまで伝わってくるような絵です」。作者の実体験をもとに3年がかりで描かれた作品。偕成社
1冊目は絵本の『ねえ、おぼえてる?』。はっきりとは書かれていない事情で、新しい人生を始めることになった母と息子が、2人になった最初の夜、ベッドの中で思い出を語り合います。
「これは画期的な絵本。今寝ている部屋の暗さと過去の記憶の明るさ、コマ割りにした小さな絵と見開きの大きな絵など、いろいろな対比がとても上手です。小説ならば寂しい、嬉しいなどの感情は言葉での描写が必要ですが、過去と現在の絵の対比だけで一言ではくくれない複雑な気持ちが伝わってくる。絵本でこういうことも描けるんだなと思いました」
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『まだら模様の日々』岩瀬成子
「連作短編では、叔父さんの飼っている鶏が喋ったり、おばあさんが親戚の兎に会いに兎山に里帰りしたり。ファンタジーみがありますが、だからこそリアルに伝わってくることも」。かもがわ出版
2冊目の『まだら模様の日々』は児童文学作家のさんの作品。子どもの頃の記憶を綴ったエッセイと連作短編、さらに作者が撮影した生まれ育った岩国の街の写真が収められています。
「後半の物語も、少女の視点で書かれているものの、じつは叔父や叔母、祖父母らの大人の事情を書いています。どうしたらこんな書き方ができるのかと思うほど巧みで、かなり痛いこと、苦いことにもふれています。それは前半のエッセイも同じで、飼い犬を書いた『犬たち』など胸がつぶれるかと思いましたし、母と子、父と子の関係も痛みに満ちている。それは仕方のない痛みでもあるんですが。昔のことなのに懐古的ではなく、とてもみずみずしいのにも驚きます」
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『終着点』エヴァ・ドーラン、訳/玉木 亨
再開発の波が押し寄せる集合住宅に男の死体が。身を守ろうとして殺してしまったというエラは、信頼するモリーに助けを求め…。衝撃的な結末まで、サスペンスが徐々に高まります。創元推理文庫
3冊目は海外ミステリーから、『終着点』を。凝った構成で、殺人事件が起きた夜を起点に、主人公エラとモリーの視点の章が交互し、さらにモリーの視点では時間経過を順に追うのに対して、エラの視点では過去に遡っていきます。
「複雑な構造で、展開がちょっともどかしいためにページを繰る手が止まらなくなる。社会の変革をめざす、年の離れた2人の女性の関係性も、ソウルメイト的なところがあっていいですよね。彼女たちのように親子ではないけれど母と子のようとか、新しい家族のあり方も示されているように感じました。フェミニズムや再開発などの社会問題も取りいれ、広く深い作品になっています」
一番多く読むのは海外ミステリーという江國さん。必ず書店に足を運び、本の佇まいを見て購入します。この日も大きな鞄の中に雑誌の書評の切り抜きが何枚も。「本屋さんでタイトルを忘れるといけないので」と笑って教えてくれました。
クウネルchoice 新刊ガイド
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『よむよむかたる』朝倉かすみ
平均年齢85歳 超高齢読書サークル。
小樽の古民家カフェで開かれる月1回の読書会。小説を読み、語り合う高齢参加者の何とイキイキしていることか。大いに笑い泣くうちに、若き店長にも転機が…。北海道弁がいい味を出しています。
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『見て触って向き合って自分らしく着る 生きる』大草直子
自分を知って、何を足し、何を引く?
肌も髪も体も変化するマチュアな世代は、おしゃれもゆっくりに。気鋭のファッションエディターが日々更新中の具体策を明かします。エビデンスに基づいた美容法、更年期との向き合い方まで情報満載。
『クウネル』2025年1月号掲載 写真/池野詩織、取材・文/丸山貴未子
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『クウネル』NO.130掲載
買って「正解」だったもの
- 発売日 : 2024年11月20日
- 価格 : 1000円 (税込)