日本茶の名産地としてあまりにも有名な静岡県。そんな静岡県の中でも日本茶の栽培、消費量ともにトップクラスを誇るのが、日本一高い富士山と日本一深い駿河湾をのぞむ自然豊かな地、駿河(静岡県中部地域)です。
起点となる静岡駅へは東京駅から約1時間。古くから生活に根ざしてきた駿河のお茶文化が、今ユニークに進化していると聞きつけ、早春の駿河を訪れました。
茶師×料理人のコラボレーション「ティーペアリング」でお茶の魅力を再発見
「茶師」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。お茶を選定・調合して製品に仕上げるお茶のプロのことで、駿河のお茶文化はこの茶師たちが大きな役割を担っています。
国内ではもちろん、海外のお茶イベントなどでも活躍する茶師・岩崎泰久氏が、駿河を代表する料理人・勝呂文洋氏とタッグを組んだティーペアリングのコースがあると伺い訪れたのは、静岡駅近くの和食店「覚弥別墅(かくやべっしょ)」。地の魚が水揚げされる焼津小川港で、料理長自ら魚を目利き。その食材を使った季節の料理と駿河茶のペアリングが楽しめるコースをいただきました。
ペアリングというとワインや日本酒を期待してしまい、正直お茶では物足りないのでは?と思っていたのですが、「グラッパ(食前酒)代わりに」と出していただいた一杯目の「蔵出し茶」は、期待を遥かに超えるものでした。
「通常はぬるめのお湯でまろやかに淹れるのですが、最初の一杯はあえて高温で濃いめに淹れて苦味を出し、食事が始まるスイッチとして胃に刺激を与えることを意識しました」とおっしゃるとおり、程よい苦味で口の中がさっぱり。駿河の春の幸を盛り込んだ色とりどりの前菜の、味の輪郭がより際立つように感じます。
茶葉で出汁をとった魚介のお椀、茶〆の真鯛に続く焼物「鰆の木の芽焼き」に合わせたのは、口の中でふわりと桜が香るお茶「まちこ」。ペアリングにより春の気配がぐっと増幅されたようでした。
続いていただいたのは浅蒸しの高級茶「頂ITADAKI」をじっくりと水出しにした「すすり茶」風の一杯。茶葉が入らないようにそっと上澄みの部分をいただくと、茶葉の旨味が凝縮された、まるでお出汁のような味わい。ペアリングされた「豚肉の紅茶しゃぶしゃぶ」と一緒にいただくと、よりその旨味が際立ちます。
食事に合わせて、2杯目以降はお湯出しで。2杯目、3杯目と次第に味がまろやかに変化していき、滋味深い抹茶粥や茶蕎麦の太巻きとともに、最後までお茶の繊細な味わいを堪能しました。
デザートを前に漂ってきたのはお茶を煎る芳ばしい香り。
「デザートのほうじ茶ブリュレに合わせて、この場で煎ったほうじ茶に珈琲を合わせて珈琲ほうじ茶にしてみました。伝統を守るのも茶師の務めですが、新しいお茶の楽しみ方を提案するクリエイティブな部分も、茶師の役割だと思っています」
「茶師の役割は、オーケストラのそれぞれの奏者の個性を引き立てるマエストロのようなもの。観察眼と創造力、構成力が求められます」と語る岩崎さん。聞けば聞くほど、奥が深く無限の広がりを持つお茶の世界。
お茶と日本料理。それぞれ繊細な味覚を共にいただくことで、お互いのストーリーが共鳴し増幅されたように感じた、幸せな体験でした。
祖父から受け継いだ書道とお茶を世界へと発信する「抹茶書®︎」
LAを拠点に書道パフォーマンスや水墨画などで活躍した後、地元の静岡に拠点を移し、国内外に向けてオンラインで書道レッスンをしているという書道家・松蘭さんが発信するのは、墨の代わりに抹茶を使う新発想の「抹茶書®︎」。
「祖父がお茶農家を営みながら書道の先生をしていて、お茶も書も子供の頃から身近な存在でした。古き良きもの、自分のルーツを大切にしたい。故郷の静岡茶と日本文化の書道を国内外に発信したいとの思いから独自に抹茶書を考案しました」
松蘭先生のご指導の元、初めての抹茶書を体験。筆を握るのは20数年ぶりと、すっかり書道から遠ざかっていましたが、ほんのり立ちのぼる抹茶の香りに緊張がほぐれ、すっと書の世界に没入することができました。美しい抹茶の緑にも心洗われます。
鮮やかな緑色は、空気に触れることで徐々に茶色に変化していくそうで、その変化の過程も含めて楽しめるのが抹茶書®︎の魅力なのだとか。
練習を重ねて色紙に書いた書は、掛け軸のような装丁にして持ち帰ることができるので、よい旅の記念になりました。
ティーペアリングと抹茶書はセットでアレンジが可能。(一人25,000円〜)。
問い合わせ、予約はFIEJA(フィージャ)へ。
自然の恵みを循環する、サステナブルな「お茶染め」を体験
続いて訪れたのは駿河の伝統工芸をテーマにした体験型施設「駿府の工房 匠宿」。染め、陶芸、竹細工など駿河の伝統工芸を学ぶことができるとあって、観光客だけでなく地元の方でも賑わう人気スポットです。
鷲巣染物店5代目の染色家、鷲巣恭一郎さんが手がけるのは、お茶を資源として活用し文化にしたいという思いから生まれた「お茶染め」。
原料となるのは製造工程で出る商品にならない部分の茶葉。これをじっくりと煮出し、余分なカスを濾してから色を定着するための鉄分を加え、手間と時間をかけて煮染めることで、深みのある色合いが生まれます。
煮出した後の茶殻は、木くずやおからなど無添加の産業廃棄物と混ぜ、堆肥として畑に循環するサステナブルな取り組みも注目されています。
体験では、お茶染めされたミニトートバックや布マスクに、型紙から選んだ好きな図案を抜染します。型紙を切り取り、のりを塗る工程はやや緊張しましが、鷲巣さんの丁寧な指導のおかげで、20分ほどで作業は完成。抜染した後に洗いをかけるので、乾くのを待って受け取るか郵送していただきます。
お茶染めの体験予約は「駿府の工房 匠宿」の体験予約ページから。
伝統に根差しつつ、新しい発想や時代に合わせて進化してきた駿河のお茶文化。お茶の持つ無限の可能性や、駿河に暮らしお茶を愛するクリエイターたちの発信力に、おおいに刺激をいただきました。
お茶だけではない、駿河の魅力に触れる旅レポートは後半へと続きます。
取材・文 吾妻枝里子 写真 伊東武志<Studio GRAPHICA >
取材協力 するが企画観光局 VISIT SURUGA