ここ数年、日本の離島を旅する「島旅」がブームになっています。そんな中、長崎・五島列島の福江島を取材する機会に恵まれました。
五島列島は潜伏キリシタンの歴史が築かれたことでつとに知られていますが、メインアイランドである福江島は、「日本一美しい」とも言われる白い砂浜のビーチや、日本でふたつしかない離島ワイナリー、全国から釣り人を呼び寄せるほどの豊かな漁場など、魅力の宝庫。都会からの移住者が急増していることでも話題です。
また、偶然にも2022年度後期のNHK連続テレビ小説の舞台が五島列島に決定したという話も聞こえてきたので、「これは今のうちに行っておかなければ」と食指が動き、島を目指すことにしました。2泊3日の滞在で実感した魅力を、たっぷりとレポートします。コロナ禍が落ち着いたときに参考にしていただけると幸いです。
福江島への交通手段は、
空路と海路の二択。
長崎港から西へ100㎞ほど行ったところに位置する五島列島は南北に広がり、大小約150の島々から成り立っています。今回の目的地・福江島は、その南側にある「下五島」のひとつ。年間平均気温は17℃。雄大な景観、美しい浜辺など、手つかずの自然がたくさん残っているにもかかわらず、五島列島で唯一の空港「五島つばき空港」が稼働。長崎空港からはたったの30分、福岡空港からは40分でアクセスすることが可能です。長崎港から高速船やフェリーでもアクセスできますが、短い滞在日数で島時間をしっかり確保するなら、空路が良さそうです。
●1日目
福江島に到着。
“コミュニティカフェ”でひと休み。
まずは、腹ごしらえを。ということで、五島つばき空港からクルマで10分弱のところにあるカフェ「ソトノマ」に向かいました。同店を切り盛りするのは、“お母さん”こと有川和子さん。2011年の東日本大震災を機に「暮らし方を変えよう」と決断し、大阪からUターンしてきたそうで、その自然体の接客は、まるで実家にいるような居心地の良さ。その噂を聞きつけて、島民はもちろん、観光客、他県からの移住者など、いろいろな客が集まってきます。
訪ねたのは、ちょうどお昼時。毎朝、地元の市場で仕入れてきた食材を確認しながら、その日の献立を決めているというお話を聞いて、日替わりのランチプレートを注文してみました。運ばれてきたのは、いろいろなものがちょこちょこと盛り込まれた、彩り豊かな一品。
聞けば、使用している食材のほとんどが五島産であるとのこと。塩も同様で、福江島で手作りされている「富江の塩」を選んでいるそうです。どれもこれも素材そのものが語りかけてくるようなやさしい味わいで、食べ終わる頃には心もすっかり満たされました。
空海が立ち寄ったという
五島最古の寺で、
歴史に想いを馳せる。
お腹が満たされた後は、由緒あるお寺へ出発しました。五島列島というと教会のイメージが強いかもしれませんが、遣唐使船最後の寄港地であったことから、じつは真言宗の開祖である弘法大師・空海にまつわる場所が各地に残っているんです。
そのひとつが、目指す「明星院」。唐から帰還した空海が籠ったと伝えられているところです。ちなみに、お寺の名前は、空海が東の空に輝く明けの明星から凄まじい光が差すのを見たことに由来している、とか。
ご住職に案内されて思わず目を見張ったのは、本堂の格天井が視界に入ったときでした。121枚の花鳥画が極彩色で描かれていたのです。お話を伺ったところ、筆をとったのは狩野永徳の高弟・大坪玄能。およそ250年前の作品とのこと。
ほかにも鎌倉時代や室町時代の仏像・仏具がたくさん所蔵されていて、美術館で展示されていても不思議ではないそれらを、手が届くほど近くで眺めることができました。島のおおらかさが表れているようです。拝観は自由にできますが、説明を受けた方が歴史の息遣いをしっかりと感じられるので、ご興味がある方は事前に問い合わせてみてください。
明星院
住:長崎県五島市吉田町1905
電:0959-72-2218
ローカルに愛される居酒屋で
郷土料理を満喫。
お昼を食べてからまだ大して時間が経っていないようですが、1日目の夕食についてご報告させてください。なにしろ食いしん坊にとっては大はしゃぎしてしまうような内容だったのです。
出かけたのは、福江島の中心街にある雑居ビルの2階で営業する「居酒屋 盛」。連日、開店と同時に満席になる人気店だそうです。
メニューには、五島の食材を使ったお料理がずらり。初訪問なら大将にすべてを委ねるのが間違いないということで、この日は“おまかせ”をいただくことにしました。実際、これが大あたり。まず、刺身の盛り合わせがすばらしかった。
ネタはどれもこれもピチピチで鮮度の良さを伺わせましたが、特に大皿の中央に鎮座するウチワエビには心ときめきました。濃厚な味わい、ぷりぷりっとした食感は、伊勢海老に匹敵するほど。甘口の刺身醤油をちょんちょんと付けていただくと、だらしなく目尻が下がりました。
それから、にやにやしてしまうと言えば「五島牛のにぎり」についても触れないわけにはいきません。
五島牛は、五島列島の限られた地域で育てられている黒毛和牛。流通量が少なく、長崎県外ではほぼ出回らないので、いつかチャンスがあったらぜひ食べてみたいと思っていました。
潮風を受けたミネラル豊富な牧草を食べて育つことから旨み豊かであると食通の知人から耳にしていましたが、実際、表面が炙られたそれはふわりとやわらかく、口の中に入れるとたちまち溶けて旨みの余韻をしっかりと残してくれました。
それを追いかけるようにして五島で造られた焼酎を流し込むのは、なんとも乙なこと。めくるめく口福のおかげで、この後、ぐっすり眠れたのは言うまでもありません。
居酒屋 盛
住:長崎県五島市栄町5-15
電:0959-74-1622
●2日目
釣りの聖地・五島にて
船釣りの面白さに目覚める。
2日目は釣り体験からスタート。じつはコレを一番楽しみにしていました。今から10年ほど前、30代半ばの頃だったでしょうか。せわしない毎日で知らず知らずのうちにストレスをためていたのを見かねた友人に誘われて、大して何も考えずに船に乗ってみたところ、自然との一体感を味わえるという幸せに開眼してしまったのです。
で、今回は釣りで“食う、寝る、遊ぶ”をフルコーディネートしてくれる五島市体験交流協議会(株式会社JSH)を通して「みさき丸」の松本隆三さんにお世話になり、アオハタ釣りに挑戦しました。そういうと聞こえはいいかもしれませんが、釣り具も持っていないようなど素人ゆえ、最初から最後まで松本さんにおんぶにだっこ。出港地からポイントまで案内してもらい、アドバイスされるとおりに釣り糸を垂らすと……釣れました。
ミシュランの星を持つ料理店で魚の仕入れ先を訊ねると、よく「五島」の名前があがります。黒潮から分かれた対馬海流が、この島にたくさんの海の恵みをもたらしてくれるそう。隆三さんは民泊もやっていらっしゃるので、宿で釣った魚をさばいていただくことも可能。大海原に浮かぶ幸せと、一流のシェフが認める魚の味わい、ぜひ実感していただきたいと思います。
日本でふたつしかない
離島ワイナリーへ。
午後になってから訪ねたのは、日本で最西端に位置する「五島ワイナリー」です。
日本における離島ワイナリーは、北海道の奥尻島にある奥尻ワイナリーと、長崎県にあるこの五島ワイナリーのみ。2014年、福江島のシンボルともいえる鬼岳のそばにオープンして以来、島で栽培したブドウなどでワインを醸造しています。
現在、醸造長を務めるのは、ニュージーランド出身のアーロン・ヘイズさん。「雨が多くて湿度が高い島でワインを造るのは簡単なことではありませんが、うまくコントロールできれば唯一無二の味わいを表現できる」と語ってくれました。
日照時間が長く、火山灰土壌で水はけもいい。そして海から吹き上がる潮風を浴びで育った島独特のブドウからつくられるワインは、ミネラル感たっぷり。ワイナリーに併設されるショップでは、買い物だけでなく、ワインを試飲することも可能。個人的には、イチゴやチェリーを想わせるフレッシュな果実の香りが印象的なキャンベルアーリー(五島産100%)のスパークリングワインが気に入りました。挑戦を重ねて年々おいしくなっている五島ワインがこれからどのような進化を遂げるのか、楽しみでなりません。
五島コンカナ王国ワイナリー&リゾート
住:長崎県五島市上大津町2413
電:0959-74-5277
https://www.goto-winery.net/
●3日目
五感を解き放つ、
島巡りサイクリング。
福江島はアップダウンが少ない土地なので、サイクリングにはもってこい。最終日は、サイクリストであるウィリアム・リュウさん(通称ウィルさん)のガイドで、青い海とのどかな田園地帯を眺めながら自転車に乗って島時間を満喫しました。
心に残っているのは、福江島の美しい景色も然ることながら、五島のすばらしさを味わってもらうために心を砕くウィルさんのホスピタリティ。ガイドブックに載っていない絶景や、秘密のスポットでのコーヒーブレイクに、しみじみと癒されました。
体に受ける風、しっとりとした森の匂い、頬をかすめる木漏れ日、聴こえる葉ずれ、鳥の声……ペダルを漕いで風を切るからこそ気づくものが確実にあります。それは、日常では気づかずに過ごしてしまうものかもしれません。福江島でのサイクリングは、そんなことに想いをめぐらせる特別な時間となりました。
wonder trunk & co.
取材・文/甘利美緒