記憶と香りは密接につながっているという小林麻美さんが綴る香水の物語。自身が撮り下ろした写真とエッセイをご紹介します。
初めて口紅をつけたのが
いつだったのか 覚えていない
でも初めて香水をつけた
あの時は ハッキリ覚えている
母が着物を着て外出するとき いつも 必ず
資生堂の「禅」という香水をつけていた
母が出掛けた後で こっそりと
「禅」をつけたときのあの
どきっとした高揚感は 今でもハッキリ覚えている
次は レブロンの「インティメイト」というオーデコロンを
中学生だったかの私は ひとりで部屋の鏡の前でつけた
そのときのことも やっぱり ハッキリ覚えている
何だか 少しだけ大人になったような……
でもまだまだ 少女だった私
高校生の時だった
ボーイフレンドからプレゼントされた香水は
Dior の「ディオリッシモ」だった
「アクアディセルバ」というコロンを選んでいた彼と出逢ったのは
20歳のときだった……
「大人の男の匂い」
その時から……
今まで続く 私の 女としてのストーリーが始まった
今は? いまは それぞれに
香りは その時の光景が
一枚の写真の様にフラッシュバックしてくるのに
口紅は イマジネーションが 薄い
たぶん
私は嗅覚で真っ先に何かを感じるタイプの人間なのかもしれない
雨の匂いで 必ず浮かぶあの光景
秋の終わりの 深い木の匂い
夏の朝の 何かが始まるときの匂い……
いくらでも 浮かんでくる
だからかな
好きな花も くちなし 百合 すずらん
ジンジャー 沈丁花 水仙 フリージア
その存在を 暗闇の中ででもハッキリ放っている!
そんな花が好き
好きな香水も ディオリッシモに始まり
ずっと花の匂いの香水だった
だけど だけど 最近は
何だか すごく
あれも これも あ いい匂い! あ 好きかも!
で 毎日違う香りの私だったりする
小林麻美/こばやし・あさみ
高1から雑誌やCMのモデルを始め、高3終盤に「小林麻美」で歌手デビュー。憧れのファッションリーダーとして活躍の後、結婚を機に引退。昨年、25年ぶりに本誌に登場し話題に。以来、連載が大人気。
『ku:nel』2018年1月号掲載
文・写真 小林麻美