一度観たら忘れられない、市川崑監督による傑作『犬神家の一族』の4Kデジタル修復版が、先週よりスタートした「角川映画祭」にて上映中です。草笛光子さんは、不可解な連続殺人事件が次々に起こる犬神家の三女、梅子を演じ、その後も”金田一シリーズ”の多くの作品に出演しました。そんな草笛さんに本作や市川監督との思い出や、88歳になった今、大切にしていることなどを伺いました。
ー出演された『犬神家の一族』が再びスクリーンで上映されていますね。
草笛光子さん(以下、草笛):この間観て、懐かしかったです。すごく力がある、いい映画ですね。錚々たる方ばかり出演されていて、あの中で演じられたことは、宝をいただいたようなものです。しかも皆さん愛嬌があって。人間のコミカルな部分が出ていて、おっかないことをしていても愉快ですよね。特に長女の松子を演じられた高峰三枝子さんは、私が子どもの頃から歌を口ずさんでいた憧れの人。白塗りをするシーンで私が自分で化粧をしたら、化粧が上手だと言ってくださって、「私が舞台に出るとき、お化粧してね」とおっしゃっていました。亡くなられたときは約束を守ってお化粧をしに伺いました。本当に美しかったです。
ー市川監督とは長くご一緒されていますが、印象的なエピソードはありますか?
草笛:私は市川さんの作品に出てから、映画が面白くなったんです。(金田一シリーズに)多く出していただいたでしょ? だんだん汚い役になっていきましたが(笑)。でも先生との仕事で、私は映画の役の作り方、崩し方を覚えました。あるとき、着物をきちっと着ていると、先生がすっと後ろにやっていらして、胸元をぐっと下げてぐずぐずに崩して着させるんです。その方がいいとおっしゃって。なるほどと思いました。人間味が出るんです。
映画『獄門島』で旅回りの女役者を演じたときに、子どもの頃に疎開先で観た役者が金歯をつけていたのを思い出して、「先生、金歯入れていいですか?」って伺ったら、たばこをくわえてしばらく考えて「いいよ」と一言おっしゃって。本番では、ちゃんと金歯の方にカメラが来て撮ってくださるんです。なにか考えて提案をすると、ちゃんと膨らませてくださるの。それが嬉しくてやっていたようなものです。
ー自ら演出の提案もされていたのですね。
草笛:差し出がましいけど、私はいろいろ言っちゃうの。言うだけ言って、採用するならどうぞって。どんな役柄でどう出ていくか、やっぱり着るものも大事でしょう。三姉妹の役は着物でも分けないと難しいんですよ。だから先生たちと浅草の反物屋に行って選びました。長女は古風なスタイルで、三女は油絵のような色の混ざった着物をあえて選んだんです。
ー草笛さんが役を演じる上で、大切にしていることは?
草笛:役をいただくと、ずっとどうしようか考えています。衣装やメイクまでよく考えた上で演じるのが、役者の面白いところ。それがなかったらつまらない。顔はやっぱり眉で決まります。眉一つで役が全然変わるから、私は自分でメイクするんです。もちろんメイクさんは上手だけど、役の顔を一人一人全部変えてやるまでは難しいですから。そこからは私の責任だと思ってやっています。
ーメイクはこれまでの役すべて、ご自身でされているのですか?
草笛:ほとんどそうです、もちろん監督さんに意見を聞きながらですよ。舞台では外国作品が多いのですが、そうすると衣装もロングドレスが多くなります。日本人は硬くなってどうしても着られてしまうから、私はあえて着崩すようにしています。服に着られまいと、ずいぶん戦います。多分それは市川先生のおかげです。どんな服も人間も生きものだって教えていただきましたね。
ークウネル世代では、草笛さんのように素敵に歳を重ねたいという人がとても多いと思います。
草笛:自分で着るものは、髪の毛が白くなってから変わりましたね。髪が黒いうちは色に縛られていたなって。上が重いと、下に持ってくる色が違うのよ。髪が白くなってからすごく楽になりました。全然使ったことのないピンクや紫色、そういう色の使い方が変わりました。どんな色も着こなせる感じ。解放されたのね。
ー以前インタビューで、歳を重ねてからやりたいことが増えたとおっしゃっていましたが、これからやりたいことはありますか?
草笛:実は私、今、生き直しているんです。ここまで来て、もういつ死ぬかわからないって思うから、毎日言いたいことを言う、わがままも言う、それで人も傷つけるでしょう。しょうがないわよね(笑)。だけど、そうやって自由に羽ばたいて生きてきた私も、できなかったことがたくさんあります。癪に障ったこともいっぱいある。死にたいと思ったこともある。結婚もしたし離婚もしたし、嫌な思いもした。でもどこか明るいのかな、どんどん忘れるのよね。
舞台でも演出家に怒鳴られてやっています。でもまだ怒鳴ってくれる人がいるのが嬉しい。だってそうでしょ? 88歳になって、遠慮して怒鳴ることができないような女優ではいたくないんです。もう怒鳴ってもダメって思われたら、つまらないじゃない。少しでも昨日よりいい仕事をしようと思うから、怒鳴られるのが嬉しいの。こうしてほしいって言ってくださる方がいいし、私も「こうしたいけどどうでしょう?」って言いたいですから。だから自由奔放に、わがままに生きていたいですね。そして、私がいなくなった後に「少々わがままだったけど、面白い女優だったな」って言われたい。
ー自由に、わがままに生きるって素敵ですね。
草笛:私が88歳だっていうとみんな驚くけど、面白いわよ。人間ってこうなるのかって、88歳を楽しんでるのよね。ここまできたらいいじゃない、そのままで。何を言われようと、もうちょっとだから。でも自分の身体だけは、割とちゃんと気にかけています。お風呂に入って舌を出す運動をしたり、朝起きたら丁寧に身体を温めたり。老いとは億劫との戦いですから、トレーニングも続けています。食事をする時にもバランスボールに座っています。「これじゃ次の仕事に間に合わないよ」って、パーソナルトレーナーに怒られながら生きています(笑)。そういうのが面白いのよ。
『角川映画祭』
角川映画第 1 弾作品である『犬神家の一族』4Kデジタル修復版を初披露するほか、深作欣二、大林宣彦、相米慎二、森田芳光など、日本を代表するクリエーターが結集し、日本映画の歴史を変えた傑作を一挙上映。
テアトル新宿、EJ アニメシアターほかにて 11/19(金)から全国順次開催。
▼配給:KADOKAWA
©️KADOKAWA
[公式サイト]https://cinemakadokawa.jp/kadokawa-45/
『犬神家の一族』(4Kデジタル修復版)
原作は横溝正史の傑作ミステリー。犬神製薬当主が残した不可解な遺言状を発端として起きる連続殺人事件に、二枚 目俳優石坂浩二演じる名探偵・金田一耕助が挑む。角川映画第 1 弾作品としてメガヒットを記録した。
監督・脚本:市川崑
原作:横溝正史
脚本:長田紀生 日高真也
撮影:長谷川清
美術:阿久根巌
音楽:大野雄二
出演:石坂浩二 島田陽子 あおい輝彦 高峰三枝子 三条美紀 草笛光子 地井武男
(1976 年/カラー/146 分/1:1.5 ワイド)
©️KADOKAWA1976
profile
草笛光子
1933年生まれ。神奈川県出身。1950年松竹歌劇団に入団し、1953年映画『純粋革命』でデビュー。日本を代表する女優として、舞台、映画、テレビドラマで活躍する。日本ミュージカル界の草分け的存在でもあり、『ラ・マンチャの男』『シカゴ』の日本初演に参加。映画『老後の資金がありません!』が現在公開中。近著にファッションブック『草笛光子のクローゼット』(主婦と生活社)。1999年に紫綬褒章、2005年に旭日小綬章を受章。
取材・文 赤木真弓