文人墨客が愛でた京都の名園を訪ねて。四季折々で移り変わる表情や枯山水の自然を味わう庭の愉しみ方。【前編】
枯山水や回遊式庭園……京都にはたくさんの名園があります。編集者・三枝克之さんのガイドで、文人墨客が想いを巡らせた庭へご案内します。
目 次
教えてくれた人
PROFILE
三枝克之/みえだ・かつゆき
東京のレコード会社、京都の出版社勤務を経て、編集者・著述家に。2003年より沖縄在住。企画編集した本に『空の名前』(KADOKAWA)など。3月に最新著書『台湾& 沖縄 チュラネシアへの旅』(リトルモア)を発売。
喧騒を離れ、幽境に浸る。 京都の庭を楽しむヒント。
20 代の半ば、京都の社寺の庭を半年 ぐらい毎日のように巡り歩いていました。東京での会社員生活を辞め、学生時代を過ごした京都へUターン。次に何をしようかと、貯金が尽きるまでぼんやり考えていた時期です。
一般公開されている有名社寺の庭は、 ほとんど訪れたと思います。今では記憶の多くはおぼろですが、池泉(ちせん)庭園にせよ、枯山水庭園にせよ、どの庭も唯 一無二。飽きることなく眺め、「庭師になるのもありかも?」などと夢想に 囚われることさえありました。
もちろん当時の僕は、庭のことは無知も同然。それでも惹かれたのはなぜでしょう。ここでは文人たちが残した文章をよすがに、あの頃を追想し、京都の庭巡りの魅力や楽しみ方を紐解いてみたいと思います。
青蓮院門跡(しょうれんいんもんぜき)
粟田御所とも呼ばれる天台宗の三門跡の一つで、古くから皇室と関わりが深く、格式の高い寺院。相阿弥作の池泉回遊式庭園が有名。龍心池を中心にした小径を歩くと四季折々で異なる美しさが楽しめる。
住:京都市東山区粟田口三条坊町69-1
【拝観時間】9:00~17:00(16:30受付終了)※ 秋にライトアップを開催
【拝観料】大人600円、中高生400円、小学生200円
https://www.shorenin.com
〈古(ふる)庭はよいものである。殊にこの青蓮院の庭はなつかしい。(中略)この若葉のかげを歩いてゐると、今更のやうに世間(せせん)を雨雲(あまぐも)の向うへ、隔ててしまつたやうな心もちがする。〉
芥川龍之介は未完エッセイ「青蓮院の庭(仮)」(『芥川龍之介全集 第二十二巻』に収録)で、このように俗世から隔絶した閑寂な世界に浸される尊さを綴りました。それは青蓮院に限らず、京都の庭が持つ魅力の最たるものでしょう。僕自身、そこではしばしば将来への不安を忘れ、目の前の美しさに心遊ばせました。現実逃避といえばそれまでですが……。
青蓮院の主庭は、室町時代の絵師・作庭家の相阿弥(そうあみ)作と伝わる、龍心池(りゅうしんち)を中心とする池泉回遊式庭園。江戸時代初期の大名茶人・小堀遠州(こぼりえんしゅう)による〈霧島の庭〉もあります。庭を眺め歩きながら、芥川のエッセイの続きを心に思い描いてみるのも一興です。
『芥川龍之介全集 第二十二巻』
芥川龍之介
芥川の未定稿を収録した巻。「青蓮院の庭(仮)」は2ページで途絶。「この書き出しの先、芥川が何を綴ろうとしたのかが気になります」。岩波書店
等持院(とうじいん)
夢窓疎石が開山し、足利尊氏により創建。のちに足利将軍家の菩提寺となった。蓮の花を模った芙蓉池は花々が彩りを添え、石組みも変化に富む。書院では抹茶をいただきながら庭を眺めることができる。
住:京都市北区等持院北町63
【参拝 時間】9:00~16:30(16:00受付終了)※12月30日~ 1月3日は9:00~15:00(14:30受付終了)
【参拝料】 大人600円、中学生以下300円
https://toujiin.jp/
芥川も「なつかしい」と書きましたが、ノスタルジーという要素もまた、庭、ことに池泉回遊式庭園では重要です。歩を進めるごとに変わる風景、季節によって移ろう木々の装い。それらは初めて訪れた庭でさえ、郷愁を抱かせてくれることがあります。
水上勉は『京都古寺』の中で等持院の庭について、〈ここにはまだかろうじて短い京の秋の、昔ながらの庭が朱に染まっている。〉と書き始め ます。そして室町時代初期の禅僧・夢窓疎石(むそうそせき)の作とも伝わる芙蓉池(ふようち)を囲んだ 回遊式庭園と、その上の茶室・清漣亭(せいれんてい)からなる方丈裏の風景などを詳細に伝え、〈等持院は私のふるさとのような気がした。〉と結びました。
もっとも水上の場合は、 13 歳から 18 歳までこの寺で小僧として過ごしたの で、まさに故郷の一つ。代表作『雁(がん)の寺』は、等持院に拾われる以前、相国寺瑞春院(しょうこくじずいしゅんいん)での修行時代がモチーフで すが、小説での寺の立地や庭の様子には、等持院の面影も感じます。
『京都古寺』
水上勉
京都の古寺20余りを逍遙して綴ったエッセイ集。「少年期を京都の禅寺の小僧として過ごした、水上だからこそ書ける視点が新鮮です」。立風書房
岩や砂を大自然に見立てる、 枯山水庭園の世界。
京都の庭といえば、まず枯山水庭園を連想する人は多いはず。大徳寺の塔頭には枯山水の名庭が集中しており、その一つが大仙院。そこは僕が枯山水の楽しさを知った庭です。
大仙院 大徳寺塔頭
臨済宗大徳寺内にある塔頭寺院。方丈、書院から眺める枯山水庭園は、開祖大聖国師(だいしょうこくし)による室町時代の作庭。禅院式枯山水庭園の最高傑作とも称され、国指定の特別名勝庭園の一つになっている。
住:京都市北区紫野大徳寺町54-1
【拝観時間】9:00~16:30 ※臨時で変更する場合あり。
【拝観料】大人500円、小・中学生300円、抹茶(お茶菓子付き)500円
https://daisen-in.net
開祖・大聖国師(古岳宗亘〈こがくそうこう〉)により室町時代に作られた庭は、蓬莱山(ほうらいさん)の滝からの渓流が大河となり、海へと注ぐ姿。巨石で山や滝を、砂紋と石で川景色を、一面の白砂で大海を描き、まるで大きなジオラマを見るようです。枯山水入門には最適かもしれません。
〈人々は自然の美を再現して楽しもうとする欲求をもっているのである。小鳥を籠(かご)に入れて愛することも似ている。自分のものとして愛すことの出来るものが欲しいのである。〉
昭和を代表する作庭家・重森三玲は著書『庭を見る心得』でそう語り、その好例として大仙院の庭を挙げています。そして、〈大自然は自分の思うままにはならないが、庭園と言う一つの小自然美は、思う存分に作ることが出来る。〉、それが作庭の楽しみだと記しました。
『重森三玲 庭を見る心得』
重森三玲
作庭家としての重森の庭園論をコンパクトにまとめた1冊。「庭の眺め方だけではなく、庭を作る楽しさにも触れられるのは重森ならでは」。平凡社
龍安寺
1994年、世界文化遺産に登録された有名な石庭は、 三方を築地塀に囲まれた枯山水の名庭。白砂に大小15個の石を配した極端に抽象化された構成で、作者の意図も不明。謎の多い神秘的な庭とも言われる。
住:京都市右京区龍安寺御陵下町13
【拝観時間】8:00~ 17:00(3月~11月)、8:30~16:30(12月~2月)
【拝観料】大人600円、高校生500円、小・中学生300円
http://www.ryoanji.jp
さて、同じ枯山水庭園でも龍安寺の石庭は難解です。創建は室町時代ですが、作庭時期や作者、また構成意図も不明。使われた 15 個の石を一度に見ることはできず、周囲の油土塀 (あぶらどべい)はなぜか奥に向かって低くなるなどの 神秘性も……。それゆえ禅の象徴として、今や世界的人気を博しています。
しかしじつはこの石庭が世間に広まったのは昭和以降。きっかけの一つは、志賀直哉の大正 13 年のエッセイ「龍安寺の庭」(『志賀直哉随筆集』に収録)です。志賀は石庭に心躍らせ、こう絶賛しました。
〈自分は桂(かつら)の離宮の庭が遠州(えんしゅう) の長篇傑作であるとすれば、これはそれ以上に立派な短篇傑作であると思う。(中略)吾々の精神はそれを眺める事によって不思議な歓喜踴躍(かんきようやく)を感ずる。〉
『志賀直哉随筆集』
志賀直哉/高橋英夫 編
「小説の神様」による随筆60余篇を収録。「小説同様、志賀はエッセイも巧みです。書き出しの妙と結びの余韻は作文のお手本のよう」。岩波文庫
龍安寺の石庭にはさまざまな見方・解釈があります。侘び寂びの極地を観るもの、完全なる宇宙を感じるもの、不完全さの哲学・美学と捉えるもの、モダニズムの視点で説くもの……。
とはいえ、最初から難しく考える必要はありません。まずは白砂と石だけで抽象化された自然を味わうこと。それが入口です。白洲正子の言葉はその良き補助線になります。
〈龍安寺の石庭に感動したのも、そこから子供のころに聞いた潮ざいの音がひびき、汐の香が匂って来たからだ。決して、禅の書物や、美術の解説書から得た知識ではない。〉(「思うこと ふたたび」引用箇所は『白洲正子と歩く京都』に収録)
『白洲正子と歩く京都』
白洲正子、牧山桂子ほか
白洲が愛した京都の風景を、作品の抜粋や長女の追想などを織り交ぜながらビジュアルに紹介。「白洲×京都の入門篇として最適な1冊です」。新潮社
『クウネル』2026年9月号掲載
写真/わたなべよしこ、岡本佳樹、文 /三枝克之、編集/矢沢美香
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『クウネル』NO.140掲載
旅を深める本76冊と歩く、京都。
- 発売日 : 2026年7月17日
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