『シトロエン』デザイナー・柳沢知恵さんのフランス暮らし/後編。ご近所さんの80歳マダムに刺激を受けています

パリのサンドマルシュ

石畳の街を軽やかに走るフランス車は、街の景色の一部としてその佇まいを完成させています。洗練されたカラーもまた、フランス車の魅力の一つ。その色を生み出しているのは、日本人デザイナーの柳沢知恵さんです。

今回は、『シトロエン』のカラーデザインプロジェクトマネージャーである柳沢さんに、フランスでの暮らしについて伺いました。「『シトロエン』デザイナー・柳沢知恵さんのフランス暮らし/前編。女性のキャリアの続け方が見えました」からの続きです。

シンプルに楽しむ、フランス流の余暇の過ごし方

フランスで暮らして10年になる柳沢さん。仕事と子育てを両立する日々の中で、「美しい街並みと自然が共存して、ゆったりとした空気が流れているところがフランスの魅力」だと語ります。

「あまりお金をかけなくても余暇を楽しめるんだなと、よく感じます。のんびり過ごす時間が生活の一部になっているというか。例えば、公園でお弁当を食べることもそのひとつ。休日や仕事帰りにワインを持って、大人が公園でピクニックするという選択肢があるのは、フランスらしいと思います」

パリのポンピドゥセンターからの眺め

パリ4区にある『ジョルジュ・ポンピドゥ国立芸術文化センター(ポンピドゥセンター)』からの眺め。こちらを含む、多くの国立美術館や文化施設が、毎月第一日曜日に無料開放されます。

また、日常の中にアートやデザインが自然に溶け込んでいるのも、フランスならではの文化です。

「美術館が無料で開放される日があったり、パリの街全体が一晩中アートに染まるイベントがあったりと、普段から誰もが芸術文化に触れやすいんです。そういった環境が整っているのは、ありがたいことですよね」

のんびり気ままでゆったりとした空気感は、日常生活のペースもしかりで、「フランスでは、すべてがゆっくり進むんですよね」と柳沢さん。何ごとも予定通りにいかないことが当たり前のため、今では「そんなに急がなくても大丈夫」と思えるようになったそう。

パリのサンドマルシュ

「あちこちに緑があふれていて、作りこまれていない公園も多く、そこに自由に過ごしやすい雰囲気があるのかも」

「日本では電車が時刻表通りに来て、予定通り目的地に着けますし、自分の日常を秒単位で管理できるレベルで、物事を進めていけるシステムが整っている。これは本当にすごいことだと思います。ただ、それはもうフランスでは無理なので。だからおのずと諦めて、のんびりした生活になっているのかもしれませんね(笑)」

展示会や見本市は気軽なお出かけスポット

パリで開催される大型の展示会は、お気に入りのお出かけスポット。デザインの見本市「メゾン・エ・オブジェ」やワインフェア「サロン・デュ・ヴァン」、手芸市「クリエーション・サヴォアフェール」などに足を運ぶそう。

「展示会は大好きでよく行きます。最近は手芸にハマっていて、洋服も自分で作ったりしているので、手芸市はとても楽しいですね。刺繍のレッスンや、ほつれた服を直すワークショップなどがあり、先日は娘と参加しました」

パリのエキスポ大展示会

生産者が参加する農業・水産業の展示会の様子。一般来場者も生産者から直接話を聞いたり、商品を購入することができます。

また、先日は「サロン・ドゥ・シュヴァル(Salon du Cheval)」という、“馬”の展覧会に出かけたそうです。

「フランス最大の馬術イベントで、障害飛越競技の大会や馬術用品の展示販売、子ども向けにポニーと触れ合えるコーナーもあり、馬好きな2歳の息子とふたりで楽しんできました」

サロン・ドゥ・シュヴァルの様子

今年で53回目を迎えた「サロン・ドゥ・シュヴァル」。

サロン・ドゥ・シュヴァルの様子

乗馬人口が多く、日常的に馬がいる風景が身近なフランスならではのイベントです。

サロン・ドゥ・シュヴァルの様子

乗馬用の鞍に試乗中。

サロン・ドゥ・シュヴァルの様子

普段、なかなか直接触れることのない馬具が揃います。

サロン・ドゥ・シュヴァルの様子

鞍の下に敷くクッションも。

「今でも鞍や馬具を作る職人のことを『セルリ(sellerie)』と呼びますが、改めて馬と車の深い関わりを感じます。乗馬用の鞍や、その下に敷くキルティング地のクッション、キラリと輝く鐙など、車の素材やディテールに通じるインスピレーションに溢れていました」

日本でもいろいろな展示会がありますが、フランスだと内容や規模がさまざまで開催数も多く、一般の人が参加できるものも充実。「大抵、パリ市内で開催されているので、面白そうだと思ったら気軽に出かけられるのがいいですね」

1泊旅行で楽しみたい、夜のモンサンミッシェル島

美しい街並みや名所旧跡をはじめ、フランスは観光の見どころが満載。柳沢さんが家族や友達を案内する、在住者ならではのおすすめスポットはどこでしょう?

「フランスの魅力は田舎町にあると感じているので、車で遠出することも多いです。特に、夜のモンサンミッシェル島はおすすめ。夕方以降は宿泊者しか入島できないため、1泊すれば、普段は混雑する島の中で静かな時間を堪能できます」

城壁や細い路地が迷路のように入り組む島内の夜は、混みあう昼間では味わえない、わくわくするような散策が楽しめるのだそうです。

モンサンミッシェル島はパリから少し距離があるため、交通機関を乗り継いだり、観光バスを使うのが一般的。「私は自動車を使いますが、旅行ならレンタカーを利用するのもいいですね」

夜のモンサンミッシェル

夜は宿泊者と住人だけになり、昼間とはがらりと雰囲気が変わります。

また、柳沢さんだからこそ提案できるスポットが、『ステランティス』が保有する歴代のシトロエン車を一堂に見ることができる「コンセルヴァトワール・シトロエン」。

「シャルル・ド・ゴール空港の近くにある倉庫のような場所で、昔ながらのシトロエンがずらりと並んでいます。残念ながら、現在、博物館としては閉業してしまいましたが、シトロエン愛好家の恩師や父を案内したこともあり、喜んでもらえました」

シトロエンの展示場コンセルバトワール

歴代のシトロエンが並ぶ「コンセルヴァトワール・シトロエン」。 ※現在は完全閉業のため見学不可

フランスのコンセルヴァトワール・シトロエン

保管場所のような特別感ある雰囲気が、車好きの心をくすぐります。

フランスのコンセルヴァトワール・シトロエン

日常では見る機会がない、初期のロゴデザインも間近に。

小さな幸せを見つけながら歳を重ねていきたい 

前編で触れたように、長くキャリアを続ける女性が多いフランス。現在、柳沢さんが家族と暮らすアパートにも、そうしたキャリアを経て一人暮らしをする70代、80代の女性が大勢住んでいるのだそう。中でも、お向かいに住む80代の女性は、柳沢さんにとって憧れの存在。

「お部屋をいつもきれいに整えていて、マルシェへ出かけるときは赤いベレー帽を少し斜めにかぶり、カゴを小脇に抱えてとってもおしゃれ。足が不自由であまり外出はできませんが、好奇心旺盛で、テレビや本からたくさん情報を集めているんですよ」

マリマダムの部屋

「トワル・ド・ジュイ」というフランスの伝統的なプリント生地でコーディネートされたマダムのお部屋。「どのお部屋も素敵で、清潔感にあふれているんです。猫足のバスタブもぴかぴかなんですよ」

毎日おしゃべりしても話題が尽きることはなく、「今日は窓がきれいに拭けたのよ」「明日はマルシェに新鮮なインゲンを買いに行くの」と楽しそうに話すマダム。その暮らしぶりがとても素敵だと柳沢さんはいいます。

「インゲンを買いに行くことが明日の目標って、心が豊かでとてもいいですよね。人生のステージが変わっても、いろんなことに心を向けながら、小さな幸せを楽しむ暮らし。私もマダムのように歳を重ねていきたいなと思っています」

柳沢知恵

柳沢知恵

シトロエン カラー&マテリアルデザイナー。筑波大学大学院芸術研究科修了後、日産自動車デザイン本部に勤務、ルノー社への赴任を経て、2015年より現職。C5 Xのカラーマテリアルデザイナーとして、シトロエン新世代のブランドアイコンをデザイン提案・開発。フランス在住。

写真提供 柳沢知恵、取材・文 松永加奈

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