浅野順子さんのこれまでの人生、そしてこれから。「年齢を重ねた自分の顔には黒髪は似合わないと思い」ヘアカラーは卒業

浅野順子 アイキャッチ

ナチュラルにパワフルに駆けていて、清々しい人たち。
かっこいいその女性たちの元気、勇気にあやからなくては!
軌跡を振り返り今を見つめて、やめてきたこと、やめたいと思っていること、したいことを語ってもらいます。

明治生まれの母から学んだ、〝覚悟〟を持って生きる姿。

「人生でやめたこと?少ないですよ。タバコの話でいい?」

本牧のレトロなダイナーで、アイスチョコレートを飲み、笑いながら話す浅野順子さん。憧れのおしゃれセンスの持ち主として知られますが、最近は潔い生き方にも注目が集まっています。

「チェーンスモーカーだったんですが50歳の頃かな、心配性の母に〝吸い過ぎなんじゃないの?〟と言われて、そこで即やめました。それと10年くらい前にヘアカラーもやめたの。自分のルーツにネイティブアメリカンの血が入っていると思っていたけれど、そうでないことが判明したのがきっかけ。染め続けるのは髪も傷むし、年齢を重ねた自分の顔には黒髪は似合わないと思って」

やめると決めたらスパッとやめる。人生の重要な場面でも、執着したり、追いかけたりといったことはほぼない、と言い切ります。

MEMORY ALBUM

モデル時代の浅野順子

アメリカ人イラストレーター、ピーター・マックスの個展が日本で開かれた際、キャンペーンモデルを務めた際の写真。当時19歳。サイケデリックなメイクがかわいい!

浅野順子 20代の頃

40代、当時の彼が営む古着屋の手伝いで、海外に買付けに出かけていた。

「人生には覚悟が大事だと思うんです。覚悟が決まれば、何に対しても一切後を引かないし、悩まない。なぜそうできるかというと、私は自分の意志と責任で決断しているから。今思うと、そこは母譲りなのではないかと。母は明治生まれの元芸者で、40歳で外国人との間にできた私を生んで、一人で育てたんです。その背中を見ていたからこそ、形成された人格なのかもしれません」

PROFILE

浅野順子/あさの・じゅんこ

1950年生まれ、横浜市出身。日本とスウェーデンのダブル。俳優の浅野忠信さんの母。独学で絵画を学んで、60歳を過ぎてからは画家として活躍している。これから始めるYouTubeのタイトルは『順子ママチャンネル』を予定。本日は、10代からの友人が営む横浜・本牧通りの『ブギーカフェ』とその周辺にて撮影。

写真/加藤新作、取材・文/河野友紀

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