「弱者が社会を変えられるとしたら、その方法は政治しかない」と信じている【韓国ドラマ発の言葉について語ろう2】

韓国ドラマの中には力を持つ言葉がたくさん。韓国エンタメの専門家、翻訳家、はまって観続ける作家という3人に、心が動く言葉を伺いました。言葉の魅力が湧いてくる背景や解釈まで話し合ってもらいます。
目 次
自分らしく生きるために寄り添ってくれる、韓国ドラマ発の言葉。

『マイ・ディア・ミスター』ではパク・ヘジュンが演じた主人公の友人の存在と言葉が響きました。学業優秀なエリートからドロップアウトして僧侶になった設定でしたね。

韓国で僧侶って、世捨て人というか肩から荷を下ろし欲を捨てた存在とされるんです。スマホで友人である主人公のおじさんに「ずうずうしくてもいい、自分のことだけ考えたらそれでいいんだよ」と送ったり、泣かせてくれました。韓国には〝ヌンチ ポダ〟という空気を読むに近い意味の言葉があるんですが、周りの目を気にして自分らしく生きるのが難しい社会でもがく人が多いからこそ、寄りそうようなセリフが生まれるのだと思います。

韓国社会は日本よりもずっとエリート主義で抑圧が強いので、自分で自分を支えるための言葉がより必要なのかもしれません。また最近では女性を勇気づけるフェミニズム的なドラマも増えていますよね。『赤い袖先』(※6)もそういう作品で。女官である主人公は王様に愛されながら「ずっと女官でいたい」と拒み続けますが、権力機構の中で利用され陰謀に巻き込まれてしまいます。先輩の女官が「多くの人があなたを求めるほど、あなたにとっては毒になる」と彼女に言うんですが、つまり誰かに求められたいと思えば、女性は自分の思うままには生きられなくなってしまうということなんですよ。
※6 自分らしく生きたいと願う宮女ドギム(イ・セヨン)と王イ・サン(2PM ジュノ)のロマンス。赤い袖先とは王に仕える女性の身分を表す。

切ない問いかけです。そう言えば韓国発の自己啓発本のタイトルって、自分らしい生き方を示唆するものが多いんです『私ならではの方向に、私ならではのスピードで。』とか。生きていく方向も、速度も「私ならでは」がなかなか許されず、まさに「奴婢状態」に陥っている人が多いからこそ、それに呼応するようなドラマが次々と作られていくんでしょうね。日本にいる私の心も揺さぶられます。

作家が社会を見て考え、作家自身が感じてることを発していると思うんです。また、ルッキズムについても強く意識がある国ですね。整形するのはちゃんと気をつかう人と認知されるらしいけど、『私のIDはカンナム美人』(※7)みたいなドラマもあり「あの人カンナム美人だから」と陰口を叩くようなこともあって。若い女性はルッキズムを否定したい感覚も強いでしょう。
※7 容姿でいじめを受けてきた女の子が大学入学を機に美容整形で人生逆転をはかる。25年日本でリメイクドラマも放送されたラブコメディ。
『私の名前はキム・サムスン』より、自分自身をもっと愛そうと背中を押される言葉。

いろんなレイヤーがありますね。20年前の『私の名前はキム・サムスン』は、キム・ソナが8キロの増量をしてパティシエ役で主演。当時はどちらかというとパティシエは職人的な印象で、出会った御曹司とも階級差があったわけです。30歳、失恋し、失業し、加えてサムスンという名前も古臭いから自分を愛せなくて、コンプレックスの塊だったのが、「私をもっと愛する」というモノローグで終わります。

恋愛が成就してめでたしめでたし、ではなくて主人公が自分を肯定することが結末なのが素晴らしい。

サムスンが、おじさんたちが言うことに対して「10年遅れてる」みたいに言うんですけど、確かに先取りのドラマでした。女性のあり方も変わり始めていた頃。今でも変わらず含蓄が深い言葉だと思います。
「私、キム・サムスンをもっと愛そう」
『私の名前はキム・サムスン』より

パティシエ、キム・サムスン(キム・ソナ)はレストランの社長(ヒョンビン)に反発を覚えつつ惹かれていく。仕事も恋も人生もといくのか。ラストに「今すべきことはわかってる。夢中でケーキを焼いて夢中で恋しよう。今日が最後の日のように 傷ついたことがないように」と語って、この自己肯定の言葉を。「テーマを凝縮したセリフはキム・ソナのアドリブだったそう。それもすごい」(桑畑さん)
『六龍が飛ぶ』より、現代社会に対し目くばせする時代劇中の言葉。

やっぱり作り手の、現代社会に対する目くばせが感じられる言葉が随所にありますよね。時代劇でもそれは同じ。『六龍が飛ぶ』に登場する高麗一の剣士キル・テミ。男性でありながら化粧やアクセサリーで着飾った異性装者ですが、彼の言葉は強烈でした。

「この世の始まりからずっと、弱者は常に強者に踏みにじられる。千年前も、千年後も、弱者は強者に奪われるのだ」ですね。「強者は弱者を奪い飲み込む」と続けます。キル・テミは剣の腕で高位まで登り詰め、権力を貪るけれど、そんな人が敵対勢力の剣士に倒されるというときに「お前は弱者を踏みにじり奪ってきた」と言われ言い返すんです。
「千年前も、千年後も、弱者は強者に奪われるのだ」
『六龍が飛ぶ』より

李朝の開祖、イ・ソンゲの五男、イ・バンウォンを巡るストーリー。権力から追われた高麗一の剣士キル・テミ(パク・ヒョックォン)が李朝一の剣士イ・バンジに討ち負けそうになったところで「この世の始まりからずっと弱者は常に強者に踏みにじられる。千年前も、千年後も、……」と残る力を振り絞り言う。「グラムロック風の化粧もあいまって、キル・テミの最後の言葉は強烈です」(温さん)
『サバイバー:60日間の大統領』より、韓国の政治意識を表す言葉。

そして彼を倒して新たな権力を手にした強者たち、つまり李朝を興した人たちも結局は弱者を食い物にしていく。本当にその図式は今も全然変わってないですよね。もしかしたらそれに対する弱者の答えが『サバイバー:60日間の大統領』の主人公、大統領代行を務めたパク・ムジンの言葉、「政治は神が与えたすべての苦痛に対する人間の絶え間ない答えだ」かもしれません。日本では政治ってちょっとめんどくさいという扱いだけど、韓国の人は諦めていない。「弱者が社会を変えられるとしたら、その方法は政治しかない」と信じているし、実際にそうやって変えてきたんだろうと思います。上から目線のニヒリズムが充満した日本社会とは違うんですよね。
「政治は神が与えたすべての苦痛に対する人間の絶え間ない答えです」
『サバイバー:60日間の大統領』より

大気汚染問題に関して「政治が解決できると思いますか?」と元補佐官に質問され、大統領代行を務めていたパク・ムジン(チ・ジニ)は「政治で不可能なら他に何が(問題を解決できるか)?」と返し、そして「政治は神が与えた……」と穏やかに理性的に、かつきっぱりと語る。「妥協の提案にも、譲らない。そこに主人公の信念を感じます。現実にもこんな政治家がいたらと思わせます」(渥美さん)
『シグナル』より、過去と果敢に向き合う勇気を与えてくれる言葉。

『シグナル』の「過去は変えられる。絶対諦めないでください」にも通じますね、ずしりときます。日本版では「諦めなければ未来は変わる」と意訳されていますが。未解決事件の解決にとり組む話で、実際の事件がモチーフになっていて。放送時はセウォル号事故の真相究明の気運が高まり朴槿恵(パク・クネ)問題も出た頃だったので、さらに共感が広がりました。未来を語るのは、厳密にいえば現在を大切にすること。韓国って政治は、上からじゃなく下から変えるものだとみな思っている。日本人も無関心でいるだけではなくてかみしめたい言葉です。

起こったことは変えられなくても、それによって未来を変える何かを過去から拾えるか。そこから何か別の意味を見い出せるかということが大事。
韓国の人が詩や文学を好きなのはドラマの言葉の発し方に関係していますか?

『キム・サムスン』で「自分をもっと愛そう」の前に語る「今日が最後の日のように 傷ついたことがないように」は牧師アルフレッド・D・スーザの一節の引用と言われていますが、それもいい言葉。引用とか詩っぽいとか文学的な要素も韓国ドラマの特徴だし、言葉の豊かさを生んでますね。

最近配信された話題作『おつかれさま』でも詩が大事な役割を果たしています。このドラマ、「一緒に歩けば十里の道も一里になる」などなど、沁みる言葉が多くて。『椿の花咲く頃』と同じイム・サンチュンの脚本です。
トークメンバー

温又柔/おん・ゆうじゅう
作家
台湾生まれ、東京育ち。2009年に「好去好来歌」で作家デビュー。『台湾生まれ 日本語育ち』で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞し、著書に『真ん中の子どもたち』、『魯肉飯のさえずり』など。最新刊は『恋恋往時』。最近グッときたドラマは『財閥家の末息子』。

桑畑優香/くわはた・ゆか
翻訳家・ライター
1990年代に延世大学語学堂、ソウル大学政治学科で学ぶ。韓国の映画、音楽ほかエンターテイメント全般に精通。訳書に『BTSを読む なぜ世界を夢中にさせるのか』、『BTSとARMY わたしたちは連帯する』などがある。今観直しているドラマは『ミセン−未生−』。

渥美志保/あつみ・しほ
韓国ドラマ・映画ライター
TVドラマ脚本家を経てライターに。特に韓国の映画、ドラマを多く取材、雑誌、webでコラムやインタビューを執筆。ポッドキャスト『「ハマる韓ドラ」番外編』、著書に『大人もハマる! 韓国ドラマ 推しの50本』。今推しているドラマは『悪縁 アギョン』。
『クウネル』2025年7月号 写真/天日恵美子、イラスト/古沢有莉、取材・文/原 千香子