ジェーン・スーさんエッセイ。憧れの人ピンク・レディーについて。20年前に救われたあるメッセージ

マチュア世代に広く支持されるジェーン・スーさん。女性たちの日々のモヤモヤに寄り添い、世の中の不思議にズバッとツッコミを入れるエッセイや書籍、ラジオ番組でのコメントは「刺さる」と大人気です。そんなジェーン・スーさんの「憧れの先輩」は昭和のアイドル、ピンク・レディー。約20年前、ザワザワとしていたスーさんの背中をポンと押してもらったのだそう。書き下ろしエッセイ、お楽しみください。

 

働きなさい、求められているうちは。

あれは20代最後の年だったか、30代に入ったばかりだったか、とにかく女の人生が大きく枝分かれする季節を、私は無為に過ごしていた。20年も前の話だ。

仕事は好きだった。でも将来のことはなにひとつ考えずにいた。迫りくる女の現実から目を逸らすように、週末がくるたび友人を家に招いては、ピンク・レディーの振り付けを練習した。通販サイトを見るでもなく見ていたら振り付けDVDが目に入り、なつかしさから購入してみたらハマってしまったのだ。

私たちはピンク・レディー世代だった。テレビをつければミイちゃんとケイちゃんが必ずといっていいほどブラウン管のなかで踊っていたころは、幼稚園生。『ペッパー警部』も『UFO』も『サウスポー』も『渚のシンドバッド』も、ぜんぶ歌えた。完璧ではなかったが、フリも多少踊れた。
頭の後ろに隠したグーを「ユーフォウォゥッ!」と頭上からパーで出す。それだけで楽しかった。

招く友達、招く友達、誰もが振り付けDVDにハマり、多いときは6〜7人がリビングでひしめき合って踊った。当時のミイちゃんとケイちゃん40代半ばだったはずだが、DVDのなかの彼女たちの脚は恐ろしいほど上がる。たぶん、十代の頃よりも。天を突かんばかりにまっすぐ伸びた美しい脚に、私たちは見惚れてため息をついた。かっこいい。

世間知らずのアラサー女たちにとって、40代半ばなど想像しえない未来だった。たぶん、若さとは無縁のつまらない人生になると思っていた。だって、楽しさは若さに比例すると思っていたから。20代が終わった時点で人生終了とまでは思っていなかったが、40代半ばと聞けば、さすがに恐怖と諦めの両方が混ざり合った感情が湧き上がる。体も顔も弛み、流行りのこともわからなくなって、現役とは言い難い人生を歩むものだと思っていた。

しかし、DVDのミイちゃんとケイちゃんは違った。働き始めて7~8年の私たちは、プロフェッショナルとはどういうことか、少しずつわかり始めていた。ミイちゃんとケイちゃんは、まぎれもなくプロフェッショナルだった。デビュー当時と同じ高いヒールの靴を履き、レオタードのような衣装を着て、堂々と踊っていた。それが少しもイタくなかった。幼稚園生だった私たちを魅了したように、彼女たちは私たちを心の底からうっとりさせてくれた。一世を風靡した歌手であることなどすっかり忘れて、こんな風になれるかもしれないと、未来がパッと明るくなるような気持ちになった。

どハマりした我々のもとに、ある日ピンク・レディーがツアーを行うというニュースが舞い込んだ。そんなの、行くしかない!早速、神奈川県で行われるコンサートのチケットを購入し、私たちはますます振り付けの練習に耽った。

コンサート当日。ミイちゃんとケイちゃんは、DVDで観た姿の500倍くらいキラキラと輝く光を放ちながら目前に現れた。体もビシッと締まっており、連続で歌っても声量に衰えがない。すごい、こんな風に年を重ねられたら絶対に楽しい。ピンク・レディーはかっこいい。まるで私たちの不透明な未来を明るく照らしてくれる松明だ。

コンサート半ばのMCで、二人は「もう年なのよ!」なんて乱暴に言い合い、大袈裟にゼエハアと肩で息をしながら携帯用の酸素ボンベを吸っていた。ミイちゃんがわざと床に倒れ、「もうダメだわ……」とかなんとか弱音を吐いたとき、ケイちゃんがビシッと言い返した。

「働きなさい!求められているうちは!」

正確な言い回しではないかもしれないが、そういうことを言った。私の全身に稲妻のような衝撃が走った。働きなさい、求められているうちは。

次から次へと涙がこぼれ落ちる。顔をクシャクシャにして私は泣いた。結婚したいのかも、子どもが欲しいのかもいまはまったくわからないけれど、求められているうちは、私も一生懸命働きたい。そう思うと、お腹がカッと熱くなるようだった。

20年前は、いまよりずっと「女らしさ」の規定が厳しかった。女なら当然結婚したくなり、やがて子どもが欲しくなるのも自然だと思われていた。実際に、結婚して家庭を持ち、家族のサポートに回って子を成す者も大勢いた。いつまで経ってもそうは思えない自分に、体内時計が壊れているような居心地の悪さを感じていた。

仕事が好きだと公言することはできた。しかし、「一生懸命働きたい」と口にするのは、なぜか憚られた。女が仕事人間になるのは可哀相だと思われる節もあった時代だったから。そんな私の不安な気持ちを、ミイちゃんとケイちゃんが吹き飛ばしてくれたように感じた。そうか、40代半ばになっても一生懸命働いていいんだ。

いまの私は、当時のミイちゃんケイちゃんの年齢をとっくに越している。脚なんて全然上がらないけれど、一生懸命働いている。未婚子ナシの人生に悔いもない。あの頃の二人の年齢を超えたいまわかることがあるとすれば、ライブでゼエハア言っていた二人は、大袈裟でもなんでもなかったってことだ。脚も腰も痛かったに違いない。それでも、キッチリやり遂げていた。そこに、二人を求めるファンがいたから。

PROFILE

ジェーン・スー/じぇーん・すー

コラムニスト、ラジオパーソナリティ。TBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』、ポッドキャスト番組「ジェーン・スーと堀井美香の『OVER THE SUN』」のMCとして活躍中。著書多数。

『クウネル』2024年11月号掲載 編集/鈴木麻子

SHARE

『クウネル』NO.129掲載

素敵に年を重ねるためにしたいこと、やめること

  • 発売日 : 2024年9月20日
  • 価格 : 1000円 (税込)

IDメンバー募集中

登録していただくと、登録者のみに届くメールマガジン、メンバーだけが応募できるプレゼントなどスペシャルな特典があります。
奮ってご登録ください。

IDメンバー登録 (無料)