スタイリストの草分け・原由美子さん初の暮らしエッセイ【スタイルを見つける】家具の中で好きなのは椅子
スタイリストの草分けとして活躍してきた原由美子さんが、初の暮らしエッセイ集『スタイルを見つける』を上梓。自身の衣・食・住について綴っています。素敵なファッションを提案し続けてきた原さん自身が、心地よいと感じるスタイルをどう作っていったのでしょう?
※本企画は、原由美子さん著『スタイルを見つける』(大和書房)からシリーズ2回でご紹介します。
自宅の椅子
家具のなかで好きなものは何かと尋ねられたら、「椅子」と答えるだろう。実際に聞かれたわけではないけれど、ふとそう思った。
現在のリビング(兼食堂兼打ち合わせ室)には、大きめのテーブルのまわりにアーコールの椅子が三脚、少し離れたところに当座の資料置き場になっている同じ椅子がもう一脚。テーブルのそばには座面と背もたれに籐をはったクラシックな英国製のアンティークの椅子が一脚、これは私専用。食事だけでなく、ともかく腰かけるならこれと決めている椅子だ。
北側のガラス戸の前に、アンドレ・プットマンがディレクションした黒いスチールのシンプルでモダンな椅子と、背もたれのデザインが典型的なトーネットの椅子を置いていて、目下これらも分類した資料の置き場になっている。そしてもうひとつ、テレビに向かって斜めに置いてある木製で肘かけつきのアンティークの椅子。座面高が35㎝という低さのこの椅子を見つけた時は、脚を切って短くしたのではなく、最初からこの高さのくつろげる椅子が存在したことを知って狂喜したというと大袈裟だが、やっと見つけた喜びは今も忘れずにいる。
デザインがそろっているのはアーコールの椅子四脚だけで、あとはみなバラバラだ。この四脚がいちばん新しい、といっても90年代の終わり頃に見つけた。
椅子の高さと材質
置いてある椅子は、アンティークも新品も、座面高は45㎝から47㎝くらいある。靴をはいてちょうど良い高さという感じだ。男女に関係なく大柄な人には気にならないのかもしれない。私の場合は、ひとり暮らしを始めて最初に求めた憧れのトーネットの椅子に、高さの点で少しだけ失望したことがある。食事用の小さな丸テーブルの前に置いたその椅子に腰かけてみると、座面が高いためにきちんと座らないと落ち着かない。高さに加えて、座面の木の材質とその形にも関係があったのだろう。実家の広縁に置かれた籐椅子にひょいと腰かけたような安定感はなかった。籐椅子は座面高も低いし、デザイン自体もリラックス感があるのだから当然だが、西洋式の生活スタイルで使われる椅子であることを改めて感じ、ある種の違和感はぬぐえなかった。
座面高が低めでシンプルな椅子
日本製の椅子にもいいものがあるのは承知だが、なぜか私は木製のシンプルな西洋アンティークの椅子にずっと引かれ続けている。同じ椅子でそろえようという気もあまりなく、故意にバラバラにしたいわけでもないが、良いなと感じたものが適度に張り合いながら一緒に置かれているくらいが心地良い。きちんとそろった素晴らしいセッティングは映画の中や、品格あるホテルの食堂で見たり体験したりすればよいと思っているのかもしれない。
そんな私だったが、事務所で使っていた製図台のテーブルを自宅のリビングに持ち込むと決めるまでには、かなり迷いがあった。靴を脱いで上がる自宅のリビングに、大きなキャスターつきのテーブルはなじまないと思いこんでいたこともあり、あきらめかけてもいた。
考えに考えた結果、最初の事務所から20年は使い続けていた製図台のテーブルに愛着が強い自分を信じることにした。実際に持ち込んでみると、テーブル自体は思っていたほどの違和感はなかったが、座面の高いアンティークの椅子とは合わなかった。テーブルと椅子の高さのバランスは良いが、靴を脱いで腰かけて向き合う雰囲気ではなかったのだ。
アーコールを四脚
座面高が低めでシンプルな椅子はないかと探し始めた。そんな時に出会ったのが、アーコールの椅子だった。その時までは「アーコール」は私好みではないと思っていた。だが座面高が42㎝と低めなのは発見だった。座面の広さやゆるやかなカーヴも絶妙で座り心地が良い。製図台のテーブルとは調和しないのでは、という心配も無用だった。しばらくしてまた二脚見つけたので求めた。四脚そろいで置いても白木の軽やかさと背もたれのシンプルさがリズム感を生み、セットもの特有の重たさはない。
リビングも兼ねているので事務所としては雑多すぎる空間だが、このくらいの統一感は悪くないと今では思っている。以前からあるそれぞれの椅子も、互いに邪魔することなく静かに居てくれている。人数がふえた時は、無論、数の足しになる。なぜこんなに椅子にこだわるのか自分でも不思議だったが、思い当たることがひとつある。純日本式の住居で育ったのだが、友人の家に行くと玄関のそばに洋風の応接間があることも多かった時代だ。応接間にあるのは、応接セットと呼ばれるソファとひとり掛け椅子と決まっていた。遊びに行った子どもが通されることはない。両親に連れられて訪れると通されたり、大人になってからは友人どうしでも通されるようになったが、くつろげた記憶はない。
日本式の私の家の場合は、お客さまは玄関脇の座敷にお通しして、食事を出す場合もそこへ運ぶ。でも親戚や友人の場合は家族と同じ茶の間に通し、食事は台所に置かれたテーブルで。いつもの家族だけとは違うよそゆき気分も少しあるが、一味違う団らんのくつろぎ感は楽しい記憶になっている。
ひとり住まいだが、人が訪ねてくれたならあの茶の間のようなくつろぎ感が欲しいと、どこかで思っていたのだろう。今ふうに言うならリビングダイニングとなるわけだが、昔のように座ぶとんに座るのではなく椅子がいる。そろっていれば整然とするのは確かだが、そうしなくてもいいはず。というか、今まで愛用してきたものを生かしたいし、使いたい。なんといっても座り心地が良いと思えるものを選んできたのだから。
PROFILE
原由美子
慶応義塾大学文学部仏文科卒業後、1970年に『アンアン』創刊に参加。仏・ELLEページの翻訳スタッフを経て1972年よりスタイリストの仕事を始める。以後『婦人公論』『クロワッサン』『エルジャポン』など数多くの雑誌のファッションページに携わる。