料理家・高山なおみさんが自身のウェブサイト「ふくう食堂」に綴る日記を収録した、人気エッセイシリーズ『帰ってきた 日々ごはん』。2002年に『日々ごはん①』の日記がスタートし、神戸に拠点を移した4年目の夏から冬にかけての日記を綴った最新刊『帰ってきた 日々ごはん12』で24冊目。今年で日記を書きはじめて20年を迎えました。
静岡県に暮らす90歳の母親との別れ、生きることと死ぬことについて綴った本書から、3回に渡って日記の一部をご紹介。何気ない日常の出来事やおいしそうな食事の記録、心の動きを感じたままに書き留めた高山さんの文章は、鮮やかに情景を写し出し、きっと心に響く言葉が見つかります。
高山なおみ/たかやまなおみ
1958 年静岡県生まれ。レストランのシェフを経て、料理家になる。文章も料理と同じくからだの実感に裏打ちされ、多くの人の共感を生む。2016年、東京・吉祥寺から、神戸へ住まいを移し、ひとり暮らしをはじめる。本を読み、自然にふれ、人とつながり、より深くものごとと向き合いながら、創作活動を続ける。http://www.fukuu.com/
著書に日記エッセイ『日々ごはん』シリーズ、料理本『野菜だより』、『おかずとご飯の本』(以上アノニマ・スタジオ)など、絵本に『みどりのあらし』(岩崎書店、絵・中野真典)、『ふたごのかがみ ピカルとヒカラ』(あかね書房、絵・つよしゆうこ)、『おにぎりをつくる』『みそしるをつくる』(ブロンズ新社、写真・長野陽一)など多数。 公式ホームページアドレス■2019年8月7日(水)の日記より
蝉が鳴いている。
今日はきのうに比べたら、ずいぶん涼しい気がする。
朝ごはんを食べ、パソコンにかじりついて、『帰ってきた 日々ごはん⑥』の粗校正の続き。
神戸に引っ越してきた年の、六月から十二月の日記だ。
このころの私は、なんだか力んでいる。
少し恥ずかしい。
どきどきしているからか、すぐに有頂天になったり、元気がなくなったり。
でも、あのときは本当に無我夢中だった。
見たこと、聞いたこと、起こったことにいちいち驚き、すべてを吸収しようとしていたんだから仕方がない。
集中が切れると、水色のワンピースを縫った。
今はまだ、縁かがりのブランケットステッチを、延々とやっている。
洗濯物をとり込もうと二階に上がったら、蜂が迷い込んでいた。
出口が分からなくなって、網戸の上を往ったり来たり。
布でふんわりくるんで、窓の外でふったら、飛んでいった。
私、蜂を逃がすのがうまくなったかも。
それにしても海が青い。
空のまん中にには、白い半月(少し欠けているけど)。
今は六時、ヒグラシが鳴いている。
空気がヒンヤリしている。
山の空気だ。
神戸に越してきて、四度目の夏。
私は知らないうちに、心が丈夫になったのかもしれない。
夜ごはんは、四色丼(鶏そぼろ、祝島のひじき煮、いり卵、人参塩もみのごま和え)、蕪の葉の辛子和え、お吸いもの(干し椎茸)。
風呂上がり、二階の窓から月が見えた。
半月。
母が亡くなった日、病院の駐車場から見た月も、こんなだった。
そうか。
あれからもう、ひと月がたとうとしているのか。
※本記事は『帰ってきた 日々ごはん12』(アノニマ・スタジオ刊)からの抜粋です。
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帰ってきた 日々ごはん12
料理家、文筆家の高山なおみさんの日記エッセイ『帰ってきた 日々ごはん』シリーズの第12 巻。神戸でのひとり暮らし4 年目の2019年7月~12月の日記を収録。
アノニマ・スタジオ
プロフィール写真/枦木功 再構成/赤木真弓