【ジェーン・スーさんの介護未満メソッド/後編】介護の答えはひとつじゃない、必要なのは自他の境界線と心の換気

ジェーン・スー ポートレート

クウネル世代が抱える迷いや、心の奥にある小さな声に寄り添い、言葉を紡いできたジェーン・スーさん。著書『介護未満の父に起きたこと』は、突然ひとり暮らしをすることになった「介護の前段階」にある父親のサポートを、5年間にわたって綴った一冊。実践の記録とともに、支える側の揺れる気持ちが率直に描かれ、多くの共感を呼んでいます。

介護未満の親とどう向き合い、自分の心のバランスをいかにして保ってきたのか。【ジェーン・スーさんの介護未満メソッド/前編】に続いて、後編をお届けします。

お互いの存在を尊重するために引いてきた、自他の境界線

——サポートをする中で、つい親に「成長」を期待してしまう方は少なくないと思います。ご自身は、そうした気持ちとどう折り合いをつけてこられましたか?

スーさん:子どもと違って、親はできることが少しずつ減っていくものです。その現実と折り合いをつけるために大切だと思うのが、「自他の境界線を引くこと」。この境界線が引けていないと、「なぜできないんだろう」といちいち凹んだり、腹が立ってしまうんですよね。

ケアの関係性が不健全になるのは、たいてい権力の差があるとき。立場の強い側が「よかれと思って」相手に何かを押し付ることで、関係がこじれていく。つまり「境界線」が曖昧なまま関わっていくと、ケアやサポートは簡単に歪んでしまうんですね。そうした話を子育て経験者や教育関係の方としていると、子育てと介護の構造はよく似ていると感じます。

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「感情は発露してもいいんですが、相手にぶつけたり、力づくで動かそうとしないよう心がけています。でも、完全に言い過ぎちゃうこともありますよ。その時は、できるだけ早くニュートラルなポイントに戻れるようにしています」

スーさん:子どもにやってはいけなことはみんなすぐわかるのに、親には「良かれと思って」やってしまう。そうやって関係がこじれていくと考えると、子どもにやってはいけないことは、親にもやってはいけないんだと思いますね。

子どもは親の庇護の下で育ち、その責任は親にある。でも、親の場合、最終的な責任は本人にあります。私は父に対して、「生き方は本人が決めること」だと考えていて、例えば治療について話し合い、本人がどうしても受けたくないという結論に至れば、死んでしまうのも本人の自由だと思っていて。それくらい父と私との「自他の境界線」を、しっかりと引いているんです。

それは一朝一夕にできることではなくて、もう何度も何度も、爪で跡をつけるようにして一生懸命引いてきた線。お互いを尊重するための線ですね。

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「子どもの頃、母が友達から旧姓で呼ばれると、私の知らない母の時代があることに不安を感じていました。まさに親をひとりの人間だと認められない感覚。でも大人になれば、母にも自分の人生があるのは当たり前だと分かるんですよね」

——介護未満の状況にある親の「老い」を、認められない、直視できないという方もいらっしゃいます。

スーさん:それは親に、「自分の養育者」というレッテルだけを貼っているからかも。親にも子ども(自分)が生まれる前の人生があり、子育てが終わった後にも続いていく人生がある。そこを尊重できれば、親の老いも「ひとりの人間の変化」として見ることができるようになるのでは、と思います。

自分が知らない、親だけの時間や経験があることを認めるのは、ちょっとしんどい作業です。ただ、歳を重ねた親を養育者ではなく、「縁はあるけれど別人格の一個人」と捉え直すことは、親の老いを受け止めるうえで、我々中年にとっての最後の訓練として非常に意義があると思いますね。

疲れたら「NO」と言ったっていい、大切なのは心の換気

——クウネル読者は、スーさんと同世代の方々が中心です。子育てや職場での責任、自分の体調の変化など、生活の中でさまざまな自分ごとを抱えながらのサポートで、共倒れしないための心構えはありますか?

スーさん:本にも書きましたが、コロナ渦に父がワクチン接種をするかしないかで揉めた時に、「私もう疲れちゃったから好きにして」って言えたのは、自分の心を守るうえですごく大きな出来事でした。父はぎょっとしてましたけど(笑)。やっぱり無理をすると心が疲弊しちゃうので、たまには自分の理想から離れることを一時的に許すことが大事だと思います。

例えば、ご飯を作ったのに「おいしくない」と言われたら、「じゃあもう作りたくない」って言う。向こうが食べるものがなくなろうと知ったことではない。まずは自分を優先する——この考え方が、今まだ元気に父とコミュニケーションを取れる理由だと思います。もし言うことを全部聞いていたら、私は今頃倒れているでしょうね。

——自分の気持ちを第一優先にすることが、持続可能なサポートの秘訣ですね。

スーさん:そうですね。頑張って来たんだから、嫌になったら「嫌になった」ってはっきり言う。ぎょっとさせても構わないってことです。

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「趣味でも場所でも推し活でも、強制的に心の空気が入れ替えできるものがあるといいですよね。そして、疲れたら“NO”と言うことも必要です」

——疲れた心を立て直したり、感情に流されずフラットな視点に戻るための方法や、自分の軸みたいなものはありますか?

スーさん:自分が好きなことに触れる時間を意識的に作ることが大切だと思います。私の場合はプロレス観戦。行けば2時間半ぐらいは悩んでいることを忘れて、わーっと感情を発散できるんですよ。

趣味や好きな場所があることは、心の空気を入れ替えてリフレッシュする大きな助けになります。気持ちを立て直すために必要なのは、「心の換気」。それがあるかないかで、全然違うと思いますね。

答えはひとつじゃない、家庭ごとに違う介護のかたち

——本はベストセラーとなって、大きな反響を呼んでいます。言語化されたスーさんの心の声に共感したり、「ちゃんとできていないかも」と自分を責めていた気持ちが軽くなった、という声も多く聞かれますね。

スーさん:たくさんの方に読んでいただけて、本当にありがたいです。「後ろめたくなること」は、介護やサポートをする段階の初期設定で付いてくる、必ずあるものだと思っています。完璧なんて無理、それくらいの捉え方でいいのではないかと。

——反響の中で、印象的な感想はありますか?

スーさん:予想外だったのは、お家で親御さんのケアをしていらっしゃる方から、「私は間違っていたのか」「仕事を辞めない方がよかったのか」というような「自分を否定されたように感じた」という声があったことです。「私もやってみようと思った」「気が楽になった」といった感想もいただいた中で、それが特に心に残りました。

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「自分が辛くならない方法は、家庭ごとに異なって当然。こうしなきゃと思う必要はないと思います」

スーさん:私はむしろ、親と同居してしっかり介護されている方を見て、「自分にはあそこまでできない」「後ろめたい」と思っている方に、そんなことないよ、他のやり方もあるよ、と伝えたくて書いたんですね。誰かを責めたり、追い詰めたりするつもりは全くなかったんです。

介護には、家庭ごとに正解があり、万人に共通する答えはありません。私のやり方も、数ある中のひとつです。状況は人によってさまざま。なので、自分なりのベストな方法を見つけていただければ。「それぞれの家庭に、それぞれの介護方法」がある、そう思います。

老後に大切なのは貯金、健康、そして友達との縁

——最後に、スーさん自身が描く「老後」について教えてください。

スーさん:父の状況を見て老後に大事だと思ったのは、荷物を減らすこと。どれだけ小さく住めるか、ということですね。パートナーとはこれからも一緒にいようと話はしていますが、何が起きるか分からないので、ひとりで暮らす老後も、二人で暮らす老後も、両方を想定しています。暮らしはできるだけコンパクトにして、「自分のことは自分でやる」というスタンスです。

それから、お金を貯める。世知辛いですが、父の世代が受けているような医療を、これから同じように国から受けるのは、もうほぼ無理だと思っているので。だから、無理のない範囲で貯金すること。あとは、健康寿命を延ばすための運動や食生活、そして孤独にならないために友達との縁をちゃんとつないでおくことです。

この3つ以外に何をやれば安心かといわれると、多分ないんですよね。だとすれば、今はそれ以外のことを悩んでもしょうがないなって思っています。

ジェーン・スー ポートレート

「実は田舎暮らしもしてみたいんですが、多分このまま、東京に住み続けると思います。そのためには、いまから準備しておかないとね」

スーさんがサポートに活用しているアイテム3選

本書には、スマートスピーカーや機能性食品など、実際にサポートに使用しているアイテムが登場。固有名詞や活用方法が出てくるので、参考になる方も多いはずです。「使ってみたものが全部ハマるとは限らないんですが、それでもいいんですよ。いろいろ試して、いくつかヒットすればOK」(スーさん)
今回は、特に愛用しているアイテム3つをご紹介いただきました。

アマゾンエコーショーイラスト

〈アマゾン・エコー・ショー〉:スケジュールなどを入れておけば、設定した時間に音声でお知らせしてくれる優れもの。確認や連絡の作業を最小限にでき、「言った」「聞いてない」という喧嘩も減らせるので、本当に助かっています。

メイバランスイラスト

〈メイバランス〉(明治):食事量が減っても、たんぱく質やエネルギーなど必要な栄養が効率よく補えて便利。他に〈ガッツギア〉(森永乳業)や甘酒なども取り入れています。

レトルトカレーイラスト

レトルトカレー:カロリーが摂取できて口に合うものを探したら、うちはカレーでした。最近は老人が食べ切れる少なめの量(120gくらい)の商品もたくさん出ています。

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ジェーン・スー/じぇーん・すー

1973年、東京生まれ。コラムニスト、ラジオパーソナリティ。TBSラジオ「ジェーン・スー生活は踊る」、ポッドキャスト番組「ジェーン・スーと堀井美香の『OVER THE SUN』」のMCを務める。著書に『生きるとか死ぬとか父親とか』(新潮社)、『へこたれてなんかいられない』(中央公論新社)など。近著に『ねえ、ろうそく多すぎて誕生日ケーキ燃えてるんだけど』(光文社)。

12万部突破。80代の父のケアに奔走した娘の5年間を綴ったエッセイ

ジェーン・スー著書 介護未満の父に起きたこと

介護未満の父に起きたこと

82歳でひとり暮らしを始めることになった父の「介護未満」の日々を、娘の視点で綴った実録エッセイ。家事ができず、体力や記憶力が衰えていく父と向き合う現実とは?「これ、うちのことだ」と思わずにはいられない、介護前夜にある家族のリアルが詰まった一冊。

介護未満の父に起きたこと』(新潮社)990円

撮影/斎藤弥里、取材・文/松永加奈、イラスト/松村 開

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