築90年以上経つ民家での暮らしには、そこでしか感じられない時間の流れと風情がありました。今までと現在、そして未来を紡ぐ心地いい住まい方とは?作家・甘糟りり子さんの鎌倉での生活をお届け。
手をかけ時間をかけ、 心地いい家に。
横浜で生まれた甘糟りり子さんが、 鎌倉は稲村ケ崎の地に引っ越しをしたのは3歳のころです。
「以来50年以上が経ちました。もともとは昭和初期に別荘として建てられた数寄屋造りの家で、私が中学三年生のとき、福井県から古い農家の合掌造りの梁を移築し大改造。それを手がけてくださった建築家の瀧下嘉弘さんが『日本建築で最も華奢な〝数寄屋造り〟と最も頑丈な〝合掌造り〟がひとつになった珍しい家』と。社会人になってからも実家で暮らしていましたが、30代以降は仕事場と称し、都心のマンションに住んでいました」
しかし、多忙な生活もたたってか40代前半に体調を崩し、その後は逗子に 仕事場を移します。そして50歳を機に鎌倉での生活が始まりました。
「7年前に父を亡くし、現在は母とふたりで暮らしています。海が近く、谷合に建つ家なので緑も豊か。そんな自然溢れる生活に『素敵ですね、憧れます』と言ってくださる方もいますが、 現実はなかなかに厳しい。例えば、春から初夏にかけては蜂が巣をつくらないよう注意したり、古い家ですから修繕箇所を見つけては都度手入れをしたり。 継いだ家で心地良く暮らすには、しなくてはいけないことがたくさんありま すからね」
そう大変さを話しながらも、どこか楽しそうに甘糟さんは続けます。
「家も人も年をとるのは当たり前のこと。ただ、そこで起こる変化を〝経年劣化〟と捉えるか〝味わい〟とするか。 私は迷わず後者を選択したい。味わいを出せるよう手をかけよう、私らしさを取り入れながら私のペースで整えていこうと。そんな風に暮らしています」
甘糟りり子/あまかすりりこ
作家。大人の女性の新しい生き方を問う小説『中年前夜』(小学館)、鎌倉での暮らしと家族について綴った『鎌倉の家』(河出書房新社)、思い出とともにある食についての 『鎌倉、だからおいしい』 (集英社)など著書多数。
『ku:nel』2021年7月号掲載
写真 加藤新作 / 取材・文 河田実紀 Hata-Raku