【いとうせいこうさんの植物ライフ/後編】うまくならなくても大丈夫、むしろ、その方が人生も園芸も楽しい

いとうせいこう ポートレート

エッセイスト、作家、ラッパー、そして俳優と、ジャンルを横断しながら独自の世界観を表現してきた、いとうせいこうさん。その傍ら、長年にわたり園芸を実践し、「素人園芸家」を自称するいとうさんが、『ボタニカル・ライフ』『自己流園芸ベランダ派』につづき、植物との7年の日々を綴った『日日是植物(にちにちこれしょくぶつ)』を上梓。

日々の変化に一喜一憂する植物との暮らし。本書には、その中で生まれた視点やできごとが、ウィットに富んだ語り口で描かれています。いとうさんの園芸観、“観察する日々”の面白さについて伺いました。インタビュー後編をお届けします。

ついに手を出した「寄せ植えサブスク」と「フェイクグリーン」

本著『日日是植物』では、7年分のエピソードを収録。その間に、これまで「手を出さない」と決めていた植物との距離感にも変化があったと言います。

「うちで頼んでいる宅配サービスの中に、月に一度、寄せ植えが届くサブスクがあってね。途中まで育てられた状態で送られてくるから、“そんなのに甘んじてはいけない”と自分に言い聞かせていたんですよ」

しかし「ベランダの空いているところをどうするか」、つまり物件問題で追い詰められて来たときに、どう考えても「寄せ植えと空き物件のサイズがぴったりだ」と気づいてしまったのだそう。

「その頃から宅配サービスを注文するときは、妻に“豆腐ひとつ”とか言われたら、いつものように黙って番号を打ち込みつつ、“寄せ植えサブスク”のページをちらちらと見ていたわけ。で、3回くらい悩んだら、もういいんじゃないかなと思って、まあ買ったよね(笑)」

いとうせいこう ポートレート

花で識別するアプリを使っているので、葉っぱだけだと誰かわからない。だから今は知らない人と暮らしている気分です。

当初は、ベランダにたくさんあったサブスクの寄せ植えも、いま生き残ってるのは1~2種類ほど。

「一年草だからそれしか残ってないのは仕方ないんだけど、葉っぱだけだから誰かわからなくてね。花が咲くのを待ってるんですよ。僕は、“普通なら終わってるはずなのに、なぜか生き延びてる”っていう植物の現象が好きなので、そこは根性と頑張りでなんとか咲いてもらいたいところです」

また、室内園芸をきっかけに、ずっと遠ざけていたという「フェイクグリーン」にも手を出したものの、「あれはやっぱりいまだに愛せないんですよ」と、いとうさん。

「生きてる感じがしないからどうしても受け入れられなくて、今は本棚のひとつにぎゅうぎゅう押し込んでます。そこから、蛇みたいにこっちを睨んでるけどね(笑)。ただ、いつかはAIを使って枯れたり生き返ったり、変化するフェイクグリーンが出てくると思う。そうなればもう一度チャレンジできるよね、愛せるかどうか」

ハンギングした室内は、まるで廃業した植物園です

室内園芸では「おしゃれな網みたいなもの(マクラメ)をぶら下げる」という、新たなジャンルにも挑戦。とりあえず網だけ吊り、そのまま1、2か月過ごして様子見したのだとか。

「眺めながら、やっぱり網の中に鉢があれば、絶対おしゃれだなって思うわけ。ハンギングですよね。それでまた、しばらくたったところで自分にゴーサインを出して、鉢を買ってくる。で、入れました。ところが、通るたびに頭に当たって、そのたびに砂が落ちるんですよ」

部屋に砂が散らばるので、家庭内で「鉢を外に出すか出さないか」という問題が発生。

いとうせいこう ポートレート

レールがあればたくさん吊るせると思ったら、光が入る場所にはクーラーが直撃。そもそもハンギングは上の方にあるから日が当たらない、という当たり前の発見を、今しているところです。

「それで土の上にウッドチップを敷いてみたの。そしたら今度は、水を遣ると盛り上がったウッドチップから水が落ちて来ちゃって。今はそこが問題。土の入れ替えなんて大変な作業、僕にはできないからね」

とはいえ、いとう家では天井にレールを張り、いろいろな植物をハンギング。お部屋の中は、さぞ素敵な雰囲気かと思いきや……。

「営業をやめちゃって放置されている、植物園みたいな感じかな。上手な人は一枚の葉っぱも枯らさないから綺麗だろうけど、僕のはどれも必ず何枚か枯れているから、それが吊るされている怖さったらないよね(笑)」

園芸30年で磨かれた、意外なスキル

園芸ビギナーに、ミニサイズの植物の「箱推し」を提案してくれたいとうさん。ですが、枯れることにどうしても心が折れがちな人には、「切り花」という入り口もあるそう。

「まずは切り花を一輪飾る、ということでもいいと思う。絶対に枯れるけど、それは切り花だから当然じゃん。それで、1週間から10日に一度のペースで切り花を買うの。根っこが出るやつがいたら、もう最高。それを植えて、例の一番いい物件に置けばいいんですよ」

カスミソウでもバラでも、一輪挿しから始めて、まずは1~2年、植物との距離感を鍛えてみるといいのだとか。

「自分でいうのもなんだけど、まあ長いよね(笑)。コツを掴めば1日でもいいんですよ。要は、花屋に寄る習慣をつけるといいという話。店先で季節を感じて花を選ぶ、一輪挿しのある生活は、素敵だと思いますよ」

いとうせいこう ポートレート

狭いところもじょうろを使って、上の方からね。届かないところも葉っぱに当ててしみ込ませてる。水遣りうまいなって自分でも思います。

ちなみに、これまでの30年にわたる園芸生活で、「自分、ちょっとうまくなったな」と思えることとは?

「遠くの鉢にも水があげられるようになったことかな。ベランダにはびっしり鉢があって中まで入れないから、手を伸ばしただけで、狙ったところにじょうろからピューンって、土を飛ばさずにね。30年で素晴らしく向上したのは、その技術です」

確かに、園芸にとって水は大事ですが、30年の集大成が水遣りの技術とは、いかにもいとうさんらしいお話。

「だって、じょうろを持って腕を伸ばして、片足立ちでやってるんだよ、すごいでしょ。フィギュアスケートみたいな感じでね。それはうまいもんです」

つまずきを笑って、園芸も人生も軽やかに

現在64歳のいとうさん。園芸はもちろん、尽きることない好奇心で次々と新しい扉を開きながら、充実した毎日を過ごす姿は、私たちの理想です。いとうさんが思う、暮らしを楽しむコツとは?

「失敗を“面白い”と受け入れることですかね。例えば、同じ仕事を長く続けていると、そこそこ上手くないと怒られたり、評価が下がったりするでしょう?だから、“上手じゃないと認めてもらえない”と思いがちだけど、この本を読んでごらんなさいよ、30年続けてるのに、8割枯らしてますから(笑)。でも僕は楽しい。植物には申し訳ないけど、失敗を受け入れる自分を見るのも面白いし、“まあいいか”って自分を許せるようにもなるしね」

いとうせいこう ポートレート

成長なんて、あったりなかったりするもの。なくても全然いいんですよ。それが伸びしろだし、まだまだ楽しめるってことです。

そのうち「私はこういうことが下手なんだよな」と、クスっと笑えるようになってくれば、その後はもっと楽しめるようになると言います。

「だから、失敗できるものをたくさん探した方がいい。上手になるものを探すより難しいかもしれないから、そこでまたちょっと頑張れるかもよ。それに、“成長しなくちゃ”ってプレッシャーがないときの方が伸びるんだよね。知らない植物の方がよく育ってる僕が、その証拠です(笑)」

成長がなくても大丈夫。いとうさん流のゆるやかな哲学は、マチュア世代の明日を勇気づけてくれそうです。

「みなさんも安心して、ぜひたくさん失敗してください」

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いとうせいこう

1961年、東京生まれ。作家、クリエイター、ラッパー。出版社勤務を経て独立し、小説・エッセイ・音楽・ラジオなど幅広く活動。講談社エッセイ賞受賞『ボタニカル・ライフ』(新潮社)、野間文芸新人賞受賞『想像ラジオ』(河出書房新社)のほか、『ノーライフキング』『自己流園芸ベランダ派』(以上、河出書房新社)など著書多数。

ドラマティックな植物生活を綴ったボタニカルエッセイ、好評発売中!

いとうせいこう 日々是植物

日日是植物

ベランダ園芸歴25年のいとう家。気候変動の煽りで、植物たちはついに室内にも進出。光のある場所に鉢が増え、リビングにはビニールハウス、多肉やエアプランツもあちこちに。ついには自分に胡蝶蘭を贈るほど、植物との暮らしは熱量強めに加速中。
『ボタニカル・ライフ』から25年、『自己流園芸ベランダ派』から12年。ベランダ園芸家改め室内園芸家による、愛溢れるドラマティック植物生活の記録。

日日是植物』(マガジンハウス)1,870円

撮影/斎藤弥里、取材・文/松永加奈

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