『シトロエン』デザイナー・柳澤知恵さんのフランス暮らし/前編。女性のキャリアの続け方が見えました
石畳の街を軽やかに走るフランス車は、街の景色の一部としてその佇まいを完成させています。洗練されたカラーもまた、フランス車の魅力の一つ。その色を生み出しているのは、日本人デザイナーの柳沢知恵さんです。
今回は、『シトロエン』のカラーデザインプロジェクトマネージャーである柳沢さんに、自動車を魅力的に輝かせるデザインや仕事の舞台裏、フランスでの暮らしについて伺いました。前後編でお届けします。
目 次
自動車の世界観や個性を表現する「カラーマテリアルデザイン」という仕事
大学で芸術を学び、大学院の芸術研究科でプロダクトデザインを専攻していた柳沢さん。さまざまなデザインの仕事の中から自動車を選んだのは、そこにある「多面性」に惹かれたからだといいます。
「自動車は、個人が持って人に見せられる一番大きなプロダクトです。さらに、人が乗り込む空間(インテリア)であり、街の風景を彩る存在でもある。そして、パリの街並みは昔から変わりませんが、写真に写る車を見ればその時代が分かるように、時代の象徴でもあります。そんな自動車の多面性に魅力を感じました」
柳沢さんが担当されている「カラーマテリアルデザイン」とは、自動車のどのような部分をデザインする仕事なのでしょう?
「ボディカラーや内装の素材(シート、ステアリング、天井、ドアトリムなど)といった“人が触れる部分全般”の質感や印象をデザインする仕事です。CMF(カラー・マテリアル・フィニッシュ)という分野で、色や素材を通じて自動車の世界観や個性を表現する役割を担っています。五感に訴える、仕上げのデザインとも言えるかもしれませんね」
「自動車づくりは分業。エクステリア(外側のデザイン)、インテリア、カラーマテリアル、最近はUXUIという、画面のデザインをする人たちも増えてきています」
デザインの提案から開発まで、学生時代にインテリアをスケッチしたりイメージビジュアルを作ったりしたこととは違い、現場ではそれを形にしていく面白さを知ったのだそう。
「デザインしたものをクロスやプラスチックなど、各メーカーに発注し形にしてもらいます。自分で描いた線や柄が実際に形になって工場でたくさんできあがり、自動車の一部になる様子を初めて見たときは、すごく感動しました」
「自動車は、個人が持って人に見せられる一番大きなプロダクトです」といいます。
コミュニケーションから得たヒントでアイディアを整理
色はもちろん、美しく心地よい空間を作り出すための素材の質感など、新たな提案を続けるために必要なアイディアは、人と話すことで整理されることが多いという柳沢さん。
「特に異業種の方との会話から着想を得ることが多いですね。例えば、私は大型の展示会へ行くのが好きで、大抵同僚と行くんですが——。その時はコンセプトカーの新規素材を探していて、宇宙工学のブースの人から、スペースシャトルの一部に使われている素材について伺い、“見た目も綺麗だし何かに使えないかな”というところから取り入れたこともあります」
インテリアの素材も話し合いながら製作。色のない三次元データから、「ここには布を使おう」「ふわふわしたものにしよう」と考えていくのだそう。
ほかにも、ネイル好きな人から流行りのネイルの磁性塗料について教えてもらうなど、まったく異なる分野の話がアイディアのヒントに。ただ、最近は、同僚に意見を聞くということも増えているのだとか。
「日本では仕事を進める中で、その都度、マネージャーのチェックやアドバイスがもらえますが、フランスは割と放任。レベルの確認が自分の責任にかかってくる感じです。なので、同僚をはじめ、若い子にも意見をもらうようにしています。職場は年齢に関わらず、フラットに接してくれる環境。そういったところがフランスっぽいなっていつも思っています」
ライフステージが変わっても、キャリアを磨けるフランスの職場文化
「とても国際色が豊かな職場なので、ありがたいことに外国人ということで不利に感じることは少ない」という柳沢さん。海外で働くことで、日本にいた頃とは違う自分の価値観に気付くことができたといいます。
「一度、30代前半に駐在でフランスに来たときに衝撃を受けたのが、職場に年齢層の高い女性がいっぱいいたこと。私(現在44歳)が働いていた当時、日本の自動車会社には若い女性はたくさんいましたが、中堅以上になると男性率がぐっと増えて。女性は結婚や出産、子育てのタイミングで退社される方がほとんどだったので、それがすごく新鮮でしたね」
新型〈C3 HYBRID(ハイブリッド)〉お披露目の2024パリモーターショーにて、柳沢さんと息子さん。
日本にいた頃は、長く働き続けたいと思いながらも、「出産したら仕事をペースダウンし、海外出張や新しい挑戦は諦めるもの」というイメージがあったそう。
「でもフランスの企業では、誰もが子育てしながら以前と変わらず働いています。中堅以上の女性もたくさんいて、ライフステージが変わっても長く働き続けられる——それをイメージできたことが、フランスで働く中で一番良かったことだと思います」
スタッフの愛着が息づく、シトロエンの心地よい世界
柳沢さんが手がけるシトロエンは、「魔法の絨毯のような乗り心地」と称される快適性や、遊び心あるデザインが魅力。先日発表された新型〈C3 HYBRID〉も話題です。
「シトロエンは昔からの愛好家の方も多く、同僚たちもシトロエンが大好きな人たちが集まっています。それは意外と当たり前ではない環境なのかも。自動車会社がたくさんある中で、そのブランドが大好きで働けることは、すごく幸せなことですね」
パリモーターショーでお披露目された〈C3 HYBRID〉。
「みんながブランドに愛着を持ちながらデザインをしていて、“同じような思いをもっていただける車にしたい”ということを意識しながら作っています。もし触れたことがないという方がいらっしゃれば、ぜひ一度見ていただけたらうれしいです」
\柳沢さん担当のC3 HYBRID/
新ロゴを採用しスタイリングを一新、クロスオーバー風の上質なコンパクトへ進化した〈C3 HYBRID〉。快適性を追求し、専用シート&サスペンション採用で「魔法の絨毯」のような乗り心地です。こちらはキャラクターカラーのブルーモンテカルロ。こだわりのブルーはフランス車ならではの品格。
柳沢知恵
シトロエン カラー&マテリアルデザイナー。筑波大学大学院芸術研究科修了後、日産自動車デザイン本部に勤務、ルノー社への赴任を経て、2015年より現職。C5 Xのカラーマテリアルデザイナーとして、シトロエン新世代のブランドアイコンをデザイン提案・開発。フランス在住。
シトロエン
公式サイト:https://www.citroen.jp/
写真提供(一部)/柳沢知恵、取材・文/松永加奈