【ジェーン・スーさんの介護未満メソッド/前編】老いの波が押し寄せる親の介護前段階を、ビジネスライクに乗り切る
クウネル世代が抱える迷いや、心の奥にある小さな声に寄り添い、言葉を紡いできたジェーン・スーさん。著書『介護未満の父に起きたこと』は、突然ひとり暮らしをすることになった「介護の前段階」にある父親のサポートを、5年間にわたって綴った一冊。実践の記録とともに、支える側の揺れる気持ちが率直に描かれ、多くの共感を呼んでいます。
介護未満の親とどう向き合い、自分の心のバランスをいかにして保ってきたのか——スーさんにお話を伺いました。前後編でお届けします。
目 次
父の老いと娘の立ち位置、ふたたび描かれる親子のリアル
——お父様のサポートという個人的な出来事を連載し、一冊にまとめられたのには、どんな経緯があったのでしょうか?
ジェーン・スーさん(以下、スーさん):もともと、父との親子関係を編み直す本として『生きるとか死ぬとか父親とか』を書いたのですが、そこから父の状況もだいぶ変わって来て。担当編集者さんと話す中で、「その変化も記録に残しておいた方がいいのでは」ということになり、連載を始めさせていただきました。
ただ、当時の私は「介護とは何か」がよく分かっていなかったので、連載当初は『マイ・フェア・ダディ』というタイトルをつけていたんです。『マイ・フェア・レディ』のようなスタンスで、私は父の生活をより良くするための指南役のつもりだったんですね。でも、実際にサポートを始めたら、「主人公である父を導く」という考え方は非常に傲慢だったと気づき、最終的にタイトルを改めて、一冊の本にまとめました。
(左)不器用な父と娘、その関係を見つめ直し、親子の距離や感情、家族のありのままを描いたエッセイ集『生きるとか死ぬとか父親とか』(新潮社)649円。(右)『介護未満の父に起きたこと』(新潮社)990円。
——本にはサポートの過程で起きたことや心の機微が詳細されています。そういったことは常に書き留めていたのでしょうか?
スーさん:ときどき振り返るためにも、メモは大切でしたね。あくまで私の場合ですが、一度書き出して自分の外に出すことで、父と少し距離をとれたり、冷静になれたりするんですよ。なので、出来事そのものだけでなく、電話が来ただけで腹が立つとか、家の前まで来た時点で何も起きていないのに頭にくるとか、ふと湧いてくる怒りの感情も書いておきました。
「自分の感情をどう整理するかは、介護に関わっている方々にとって、特に悩むところだと思います」
スーさん:後から見直すと、そのイライラの原因が、不安や意思疎通ができていないことへのもどかしさかもしれないと理解できる。そこで父とのスタンスを調整しながら、今に至るという感じです。結果的に取材メモにもなっていますが、書き出すことは感情を整理するうえでも非常に有効でしたね。
——それは自分に対しても厳しい指標になりますね。
スーさん:もちろんそうですが、きっとクウネル世代の方はお分かりになっているように、「臭いものに蓋をする」より、ある程度きちんと直視した方が、問題解決は早いと思うんです。サポートする上でも、ここは一度きちんと向き合わないといけないところでした。
介護の手前にあった、見えにくい老いのグラデーション
——サポートする最初のステップで、お父様を「老人以上、介護未満」と位置付けたのは、どんな気づきがあったからでしょう?
スーさん:それまで私にとって「老人」というのは、大きな支障なく日常生活が送れている、いわゆる「シニア」と呼ばれる世代のイメージだったんです。でも実際に向き合って想像と違ったのは、そこから急に寝たきりになったり、施設に入ったりといった「介護が必要な状態」に移行するわけではなかった、という点です。
一足飛びに「介護」に進むのではなく、その手前に「要支援1・2」という段階がある。そこは行政ではカバーしきれないけれど、家族が注意を払わないとケガにつながることもある、とてもセンシティブな時期だと分かったんです。「要支援」であって「介護」ではない。でも、老人としてひとりで静かに暮らしていくには、誰かの助けは要る——そう考えていく中で、「老人以上、介護未満」という認識になりました。
「分かっているけれどできないことは、世の中にたくさんある。でも、やらないともっとマズいことになるというのも経験値として知っている。父の場合は、大ケガをしたり何かを発症する前の“今”が、サポートするべきタイミングだったんですね」
スーさん:中には、病気などで突然「要介護3」になる方もいらっしゃいます。ただ多くの場合、介護前にある老いのグラデーションは表に出にくく、あまり可視化されないまま通り過ぎてしまうんですよね。ペットボトルの蓋が開けにくいとか、お椀が持ちにくいとか。そういった、当事者や常に傍で見ている人にしか分からない変化を、つまびらかに言葉にしていくことが、私の仕事としてできる役割のひとつなのかな、と思っています。
——本には、生活環境の整備や食生活の管理など、トライアル&エラーの過程が書かれています。そのベースになった整理ノートは、どのように作って活用していったのでしょうか?
スーさん:やるべきことを挙げていくと、本当に無限に出てくるんですよね。なので、まずは「テーマ」と「ゴール」を具体的に決め、そこから逆算して進めました。私のテーマは「父が精神的・肉体的に健やかなひとり暮らしを一日でも長く続ける」こと。そこから「部屋の中でケガしたら困る→導線の確保」「ひとりでご飯が食べられるようになるために冷凍食品が必要→冷蔵庫と冷凍庫の整理」といったように、やることを導き出していったんです。
最終ゴールを決めずに走り出すと、目についたことを全部ToDoリストにしちゃって、優先順位がつけられなくなる。だからこそ、ゴールからの逆算は、かなり意識してやりましたね。
サポートは「終わらないフジロック」、それを乗り切るビジネスライクという選択
——サポートを「ビジネスライク」に進める必要性についても書かれていますね。
スーさん:親には「子どもに迷惑をかけたくない」という思いと、「あんなに子どもの世話をしてあげたんだから今度は頼りたい」という気持ちが同時にあり、これが思春期のような態度で現れたりするんですよね。そこに正面から向き合うと、どうしても衝突してしまうので、私には距離を保ち、淡々と進めるビジネスライクなやり方が合っていました。
また、気づかないうちに自分の安心や都合ばかり優先して、親を置き去りにしてしまうこともよくあったんです。こうした優先順位のズレも、「業務」として冷静に対応することで回避できるようになりました。それでも喧嘩はしますし、「あんなこと言わなきゃよかった」と後悔することもありますが、現状を俯瞰して見ることで、気持ちを早くニュートラルなポイントに戻せるようになったと思います。
「親子間の感情のもつれだけでなく、この状態がいつまで続くのか、常に先の見えない不安に襲われるサポートする側の気持ちも、ビジネスライクに対応すると決めたことで、ブレずに進められました」
——続いていくサポートを「終わらないフジロックフェスティバル」、お父様を超大物ロックスター「ミック・ジャガー」に例える発想は、気持ちを前向きに転換するヒントになる考え方でした。ご自身の気持ちに余裕があったわけではない中で、どうやってその発想に切り替えられたのでしょうか?
スーさん:辛いときほど面白くした方がしのぎやすいっていうのは、これまでの経験からわかっていたので、その逆算から出てきた発想かもしれません。もし背中に火がついていたら、何がなんでも消そうとしますよね。それと同じで、「今すぐなんとかしなきゃ」という切迫感があったからからこそ、できたんだと思います。
例えば、ミック・ジャガーと「お互い分かり合おう」とする人なんていないと思うんですよ。今日のライブさえうまくやってくれれば、それでいい。父に対しても感覚は同じ。だから、相互理解は完全に放棄です。逆に言うと、それを悲しいとも思っていません。無駄に揉めないことを最優先にしているので、親に分かってもらおうという気持ちは、もうないですね。
見方によっては、非常にドライで冷たいと思われるかもしれませんが、私にとっては、むしろその方がずっと健康的というか。私は思い通りにならない感情で自分自身が苦しめられることが、一番嫌なんですね。だから、それを排除するやり方をずっと選んできた、そんな感じです。
※後編に続きます。
12万部突破。80代の父のケアに奔走した娘の5年間を綴ったエッセイ
介護未満の父に起きたこと
82歳でひとり暮らしを始めることになった父の「介護未満」の日々を、娘の視点で綴った実録エッセイ。家事ができず、体力や記憶力が衰えていく父と向き合う現実とは?「これ、うちのことだ」と思わずにはいられない、介護前夜にある家族のリアルが詰まった一冊。
『介護未満の父に起きたこと』(新潮社)990円
PROFILE
ジェーン・スー/じぇーん・すー
1973年、東京生まれ。コラムニスト、ラジオパーソナリティ。TBSラジオ「ジェーン・スー生活は踊る」、ポッドキャスト番組「ジェーン・スーと堀井美香の『OVER THE SUN』」のMCを務める。著書に『生きるとか死ぬとか父親とか』(新潮社)、『へこたれてなんかいられない』(中央公論新社)など。近著に『ねえ、ろうそく多すぎて誕生日ケーキ燃えてるんだけど』(光文社)。
撮影/斎藤弥里 取材・文/松永加奈