そもそも「老後」なんて概念はおかしい?メロウの街・パリで得た、50代エディターの仕事観【メロウライフ】

メロウライフ山村さんパリの思い出

エディターの山村光春さんと、エッセイストの広瀬裕子さんによる往復連載。
「60代以降に使われる『シニア』という呼び方がどうもしっくりこない」という2人が、「私たちらしい人生の後半戦」について模索します。シニアでもなく、シルバーでもなく……。だったら「メロウライフ」なんていかがでしょう?

1年続けてきた「往復書簡」的連載ですが、今回で一旦お休みに入ります。熟成(メロウ)して、また戻ってくるかも?!最終回は「パリでの思い出」がテーマ。若手時代に出会ったスタイリスト、そしてパリで見たメロウエイジの仕事人......深く刻まれた記憶を振り返り、現在50代半ばを過ぎた山村さんが得た仕事観を綴ってくれました。

「オリーブ」スタイリストのYさん

「このお店、かわいいじゃない」

そのスタイリストさんが足を止めたのは、下町にある素朴ななりのパン屋さんで、レトロとは聞こえはいいが、ざっくばらんに言っちゃえば、相当ボロめの店構え。僕は「えっ、ここですか?」と、思わず素っ頓狂に声を裏返したものだった。

さかのぼること30年以上前。当時僕は大阪でライターをしていて、時おり東京の雑誌に、地元のいいお店を紹介するコーディネーターの仕事をしていた。そのお得意さんのひとつが、マガジンハウスの『オリーブ』という雑誌だった。

そこは毎年のように全国の街ガイド特集を企画しており、編集部からスタッフが入れ替わり立ち替わり来阪する。しかも編集者だけでなく、カメラマンさん、スタイリストさんの3人チームで。「街特集なのにスタイリストさんまで、なぜ?」というのは読み進めてもらえればわかるので、ちょっと待ってね。

彼らは来るとまず、“ロケハン”と呼ばれるお店の下見をする。基本はあらかじめ、僕のほうで目星をつけたところを案内するのだけど、歩いている時に偶然見つけたお店を、急遽取材することもある。その“鼻を利かせる”のが、スタイリストさんの役目だ。

中でもとりわけ僕が印象的だったのは、初めて案内した時のスタイリストYさんだ。ほぼ素顔にショートカットヘアをツンと立て、スレンダーな体躯に黒のロングコートといういでたち。大阪のもさ男だった僕は、彼女の醸すただならぬ風貌に「これが東京のスタイリストかぁ」と、眩むような憧れを覚えた。

Yさんの視点は独特だった。いわゆる地元でお洒落、とされている話題のお店にはあまり反応せず、冒頭のパン屋さんのような、意外なお店に食いつく。それはたいてい地域で長く営まれている、暮らしに根付いた個人店だ。

パッと見た感じはなんの変哲もない、でもそこから選ばれたものや切り取られた写真を誌面で見ると、なんとも輝いて見えた。まさにオリーブマジック!とも言えるその仕事ぶりに、大阪のもさ男(しつこい)の僕は、ほぅと驚くしかないのだった。

パリはメロウ世代が現役バリバリ

やがてYさんは東京のスタイリストの仕事をスッパリ辞め、ずっと好きだったというパリに移住した。さもありなん、と僕は思った。Yさんには、どこか大人のパリジェンヌを思わせるムードが、むんと漂っていたからだ。

それから数年経った頃。僕もパリを旅する機会があった。街のほうぼうにあるお店をあれこれめぐりながら、ずっと思い出していたのは、Yさんの視点だった。

メロウライフ山村さんパリの思い出

山村が編集と執筆を手がけた本。ノスタルジックなパリの風景と、歴史エピソードがちりばめられたシャンソンCD付きのフォトブックエッセイ『Couleur Cafe Presents Nostalgique Paris

まずパリは、個人店が実に多い。軒を連ねているとりどりの店構えはおしなべて古く趣があり、長い歳月が経っていることがすぐわかる。しかも楽譜だけとか、傘だけとか、キャンディーだけといったニッチなジャンルの専門店、いわば「だけ度の高いお店」が、やたらめったらある。

メロウライフ山村さんパリの思い出

本の中にも「だけ度」の高いお店についての考察エッセイが。

その(いろんな意味で)重い扉をギィと開け、ボンジュール!と響く声のほうを見やると、奥のほうにスタッフとおぼしき人がちょん、と座っている。歳の頃はたいていが50〜70代、まさにメロウエイジの方が多く、彼らは現役でバリバリ働いている。しかも日本で言うところの「シルバー人材感」はまったくもってなく、単に彼らの専門知識が必要だから、社会の中の役割として、自然とそこにいる感じ。

そう、パリはそこにいる人のみならず、街全体がメロウ(成熟)なのだった。

メロウライフ山村さんパリの思い出

必ず訪れる老舗の百貨店『ギャラリー ラファイエット』は建築が本当に美しく、パリらしさの真骨頂を味わえる。

求められる誰かに対して何かをすること、それが仕事

僕には目標がある。それは死ぬまで仕事をすること。しかも僕だけでなくかなうなら、周りのみんなにそうあって欲しい。

その人なりの、その時に見合った仕事を、なんだかんだとずっとやり続ける。齢を重ね、今までできたことができなくなったらしがみつかず、できる人に譲る。けれどその代わり、その時のその人にしかできない仕事がちゃんと、与えられる。

それは「社会にとって役立つかどうか」なんて大きな主語で語らなくたっていいし「経済的な貢献をしているかどうか」なんて定義に塗りこまなくてもいい。

メロウライフ山村さんパリの思い出

シテ島を挟んだセーヌ川の両岸に並ぶブキニスト(古本市)で買った一冊。フォントが好き。

求められる誰かに対して少しでも何かをすれば、それは立派な仕事。もちろん家事も仕事。ただそこにいて、みんなを見守っているだけでも仕事。

そんなふうに考えれば「老後」なんて概念自体がそもそもおかしい、なんて思ってしまうのだ。

~アフターメロウトーク~

広瀬裕子のポートレート
広瀬さん

山村さんの「死ぬまで仕事をすること」。わかります。わたしも同じように考えています(ずっと仕事をしたい)。

そもそも山村さんとのはじめての会話は『オリーブ』に掲載されていた「京都のお寺の黒ねこ」でした。『オリーブ』から受け取ったものが、たくさんあります。

山村光春ポートレイト
山村さん

裕子さんとの出会い、そうでした!

僕もオリーブからは言い表すには3日3晩かかるほど、いろんな恩と恵みをいただいてます。いつかそんな話をじっくりしたいですね。

SHARE

IDメンバー募集中

登録していただくと、登録者のみに届くメールマガジン、メンバーだけが応募できるプレゼントなどスペシャルな特典があります。
奮ってご登録ください。

IDメンバー登録 (無料)