お手本にしたい向田邦子の美しい生き方3。暮らしを彩る器の話。世間的な価値に左右されず自分の眼を信じて

向田邦子の器コレクション

作品はもちろん、おしゃれで食通、猫と旅を愛したライフスタイルが時代を超えて愛され続けている向田邦子。貴重な写真やエピソードから、その魅力を紐解きます。 「装う」をテーマにした「装い」も別格!抜群のセンスと女優顔負けの着こなしに続いて、「暮らし」をテーマにご紹介します。

世間的な価値にとらわれず、自分の眼を信じて選ぶ。

美食家で料理好き、自然と器にも凝るようになった向田さん。〝少し無理をして買った〟南青山のマンションでは、お気に入りの骨董や器、アートに囲まれた暮らしを楽しんでいました。20代にライター仲間として知り合い、互いの家を行き来するほど親しくしていたエッセイストの甘糟幸子さん(作家の甘糟りり子さんの母)の自宅を訪ねると、向田さんからいただいたという器の数々を見せてくれました。

向田邦子の器コレクション

妹・和子さんの寄贈によりかごしま近代文学館で保管されている器たち。タイで見つけた花柄の台皿と双魚の青磁皿は灰皿代わりにしていたもの。

「新婚で引っ越したばかりの頃に遊びにきてくれたのですが、お茶を出そうにも茶碗も揃っていなかったので、見かねて色々持ってきてくださったの。夜店のガラクタから掘り起こしたという珍しいお皿を『うちに合いそう』とひょいっと持ってきたり、お客様が多いからと大きな土瓶や片口をくださったり。周りをよく観察していて『これあったほうがいいでしょ』と、あくまでさりげなくこちらに気を遣わせない。世間的な価値に左右されることなく、自分の眼を信じている人でした」

青山のマンションでは、タイで見つけたという青銅の鼓をテーブルにしていたのが記憶に残っているそう。

向田邦子 プロフィール写真

タイで見つけた古い青銅鼓はどうしても欲しくて輸送したもの。テーブルとして愛用していた。

「何事も気取らず軽快で自然体、お部屋もそんな印象でした。野暮が嫌いな人だったので、センスのよい暮らしを強調するのは、不粋だと思っていらしたのではないでしょうか」

“好き”で満ちる日々。向田邦子さんの小さな幸福論。

何が何だか判らないけれど、見た瞬間にいいなと思い、どうしても欲しいなと思い、靴を買ったつもり、スーツを新調したつもりで買ったものは、やはり、それなりの、そうの悪くないものだと判ったのは、買ったあと、使ったあとだった。、しくじったのもあって、これはそう悪くないぞ、と思っていたものが、さほどでないと知ったものもある。

人間というのは浅ましいもので、判ったあと、そういうものを扱うとき、気持では差別するまいと思うのだが、手は正直で、洗い方がぞんざいになっている。その逆もあって、大したことないと思い、〝ひとかたけ〟の食事代ほどで手に入れたものが値上りしていることを知ると、扱うときの手が、それ相応に気を遣っている。

そういう自分を見ると、ものは値段など知らないほうがいいと思えてくる。に誇れる名品を持たない人間の言い草かも知れないが、み人知らず、値段知らず、ただ自分が好きかどうか、それが身のまわりにあることで、毎日がたのしいかどうか、本当はそれでいいのだなあと思えてくる。

「眼があう」『向田邦子ベスト・エッセイ』(向田和子編)/筑摩書房より

PROFILE

向田邦子 プロフィール写真

向田邦子/むこうだ・くにこ

1929年東京生まれ。映画雑誌の記者を経てラジオ、テレビの脚本家に。エッセイスト、小説家としても数々の名作を残す。1980年には連作短編『花の名前』『かわうそ』『犬小屋』で第83回直木賞を受賞。1981年、取材中の台湾旅行で飛行機事故のため急逝。

取材・文/吾妻枝里子、取材協力/かごしま近代文学館

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