韓国ドラマには、心のサプリメントのように「効く」言葉がたくさん!【韓国ドラマ発の言葉について語ろう1】

韓国ドラマの言葉

韓国ドラマの中には力を持つ言葉がたくさん。韓国エンタメの専門家、翻訳家、はまって観続ける作家という3人に、心が動く言葉を伺いました。言葉の魅力が湧いてくる背景や解釈まで話し合ってもらいます。

『愛の不時着』より、気持ちを軽くしてくれる言葉。

韓国ドラマやその中の言葉との出合いを、まず大まかにお教えくださいますか。

温 又柔(おん・ゆうじゅう)
温さん(以下敬称略)

私はお二方と比べたら韓国ドラマを観てきた歴史は浅いのですが、1日1話ずつ何かを観ているという日々を続けています。

渥美さん・桑畑さん(以下敬称略)

え?1話で終われるなんてすごい!

温 又柔(おん・ゆうじゅう)
温 

がんばって自制しています。最初のきっかけは『屋根部屋のプリンス』(※1)。朝鮮時代の王子が現代にタイムスリップするハチャメチャな設定なのに心がグイグイ掴まれて、韓国ドラマってすごい!となりました。

同じ頃、『奇皇后〜ふたつの愛 涙の誓い〜』(※2)にも夢中になって。王ワン・ユがならず者を兵士に育てようとする場面で周りに反対を受けますが、「彼らは役立たずではない。彼らはまだ機会がなかっただけだ」と言うとか。力強いセリフに心が動きました。

その後、イ・ビョンフン監督(※3)による人間を信じる徳の高い人たちの物語をはじめとして、歴史ものを1日1話ずつ観る日々を過ごしまして、コロナ期に『愛の不時着』に到達。

 

※1 300年前の朝鮮王朝の世子(せじゃ・王子)イ・ガクが現代のソウル、1人暮らしの女の子の家にタイムスリップして始まるラブコメディ。温さんが好きだったパク・ユチョン、ハン・ジミン、ほかにチェ・ウシクなどが出演。韓国では12年放送。

※2 元朝最後の皇帝に嫁いだ高麗出身の奇皇后は実在した女傑で、その過酷で壮絶な運命をモチーフに作られた歴史ドラマ。アクションも達者なハ・ジウォン主演、高麗王ワン・ユにはチュ・ジンモ、元の皇帝タファンにチ・チャンウク。

※3 韓国歴史ドラマの巨匠監督。1999年『ホジュン 宮廷医官への道』以降、『宮廷女官チャングムの誓い』『イ・サン』『オクニョ 運命の女(ひと)』ほか生み出した名作は韓国に留まらずアジアを席巻。温さんは『馬医』『トンイ』などを鑑賞。

桑畑優香
桑畑

ファンタジー部分が注目されましたが、北朝鮮の素朴な日常や人の温かさも細やかに描き、様々なへだたりを越えて沁みる言葉も多かったですね。

温 又柔(おん・ゆうじゅう)

私が特に心に沁みたのは、「好きな人のことだけ考えるんだ」というヒョンビン演じるリ・ジョンヒョクが恋人セリに言うセリフです。

生きていると嫌いな人のせいで気分が塞ぐこともある。そんなとき、ジョンヒョクがああ言ってたんだ、私もよく眠ってよく食べるために好きな人のことだけ考えようって。指針のようにしていますね。

「好きな人だけってきるんだそれでこそよくべてよく眠れる」
『愛の不時着』より

韓国ドラマの言葉

ドラマ後半部、北朝鮮の軍人、リ・ジョンヒョク(ヒョンビン)が韓国の財閥令嬢であり実業家のユン・セリ(ソン・イェジン)に彼女を守って生きると示したいきさつの後。「覚えていてくれ。忘れてはならない人は憎い人じゃなくて好きな人だ。人を憎み続けると気持ちが荒れて自分が傷つく」と言った後に続けて彼女へ語る。「嫌な感情はさっさと忘れて、前向きになろうと思えます」(温さん)

『マイ・ディア・ミスター ~私のおじさん~』より、シンプルだけどグッとくる言葉。

桑畑優香
桑畑

私が韓国ドラマに出合ったのは90年頃、留学先のワシントンDCです。日本のトレンディドラマに似ているよ、と言われて観たんですがぜんぜん違ってて。

韓国語ができたらその違いが楽しめるだろうと、少しミーハーな気分で次にソウルへ留学。下宿の部屋ではずっとドラマを流し、リアルな会話に触れていました。当時も今もドラマは「自分でリーチできない韓国を見る窓」で、心のサプリメントのように、効く言葉を受け取れる場所です。

渥美志保
渥美

韓国ドラマの言葉は、私は違う価値観だと認識したその上でですが、何かはっと気づかせられることが多いんです。実生活に役立てられないけど。2000年前後(※4)から韓国コンテンツをたくさん観てきて感じたのは、韓国の男性はとにかく語るということ。男は黙って、という価値観が根強い日本と真逆で、喜怒哀楽を表に出すし自分の思いを延々と語る。それが新鮮でした。そういう国でドラマに心を打つ言葉が多いのは、当然な気がします。

 

※4 1999年韓国公開のブロックバスター映画『シュリ』が同年東京国際映画祭で上映、渥美さんほかの胸を騒がす。いわば今に続く韓国コンテンツブームの先陣だった。TVドラマは02年『イヴのすべて』、03年『冬のソナタ』の上陸から続々と!

温 又柔(おん・ゆうじゅう)

言わなくても伝わるはずだ、などと甘えないし、妥協もしないから言葉にするという技術も磨かれるのでしょうね。

渥美志保
渥美

そうですね。また00年代に最も印象に残ったのは、あらゆるドラマに出てきた「俺を許すな」というセリフ。最初から許しを求めず、自分の道を貫き通す、それが韓国の男性性なんだなと。そんな虚無感が、物語をとてもドラマティックにしているんですよね。

桑畑優香
桑畑

『マイ・ディア・ミスター〜私のおじさん〜』には時代ならではの虚無感が漂っている気がします。このドラマを支持する男性たちが多かったのは登場するおじさんたちがみな負け組だったことが大きいかも。

たぶん日本もそうですけど、男性もものすごい生き辛い社会じゃないかなと。以前の社会と違って、家庭でも会社の中でも被害者、でもプライドで荷を背負っているという。私は、ずっとにこりともしないIU演じる女の子がドラマの最後に「ファイティン(ファイト)!」とおじさんを励ます言葉にグッときたんです。ベーシックだからこそ響く韓国らしい言葉。

温 又柔(おん・ゆうじゅう)

シンプルな分、余計にグッときます!

「ファイト!」
『マイ・ディア・ミスター ~私のおじさん~』より

韓国ドラマの言葉

過去に事件を起こしていて、祖母の介護もしながら暮らすイ・ジアン(IU)は上司であるおじさん、パク・ドンフン(イ・ソンギュン)とあるきっかけで繋がりを持ち、おじさんの誠実さに包まれ徐々に心を開いていく。2人とも晴れて新しい生き方に踏み出す門出にジアンがドンフンへ送る一声。「この『ファイティン!』は同時に自分にも声をかけていましたね。最高で最強の応援の言葉です」(桑畑さん)

『推奴~チュノ~』より、不自由な状況下を乗り切るための言葉。

渥美志保
渥美

10年以上前に女性誌で韓国ドラマのセリフの特集を作ったことがあるんですが、そのときに印象深かったのが『推奴〜チュノ〜』(※5)の「世の中にしがみつくものはみな奴婢だ」という主人公テギルの言葉でした。ドラマは李朝で最も混乱した時代が背景だったのですが、そんな状況でも、多くの人間は破綻した社会のシステムにとらわれ、自由に生きられない。すごく心に刺さりました。

 

※5 朝鮮時代、最下級の身分が奴婢(ヌビ)。初恋の女性、奴婢のオンニョン(イ・ダへ)を探そうと奴婢の脱走を追う推奴(チュノ)師になったテギル(チャン・ヒョク)。オンニョンは奴婢に身をやつした武将、テハ(オ・ジホ)と行動を共に。「男性の体を見せることで高視聴率を獲得した最初のドラマだと思います」(渥美さん)。韓国では10年放送。

「世の中にしがみつくものはみな奴婢だ」
『推奴〜チュノ〜』より

『私の解放日誌』より、現代を生きる勇気を与えてくれる言葉。

温 又柔(おん・ゆうじゅう)

誰が決めたかわからない基準にとらわれながら生きる窮屈さや、その窮屈さからもう少し自由になってもいいのかも、と背中を押してくれるということでは、『私の解放日誌』もとてもよかったです。

淡々とした語り口なのが逆に強かった……。特に「幸せなフリをしない。不幸なフリをしない。正直に向き合う」という言葉が沁み入りました。この作品の脚本家であるパク・ヘヨンさんは、「不幸な理由は一つもないのに、幸せだと感じられない人物について描きたかった」と語っていますね。今の社会の空気が丁寧に描かれています。

「幸せなフリをしない。不幸なフリをしない。正直に向き合う」
『私の解放日誌』より

韓国ドラマの言葉

ソウル近郊、京畿道に住む3兄弟。ソウルに通う会社員、末娘のミジョン(キム・ジウォン)は、とくに悪いこともないながら、閉塞感もぬぐえない毎日を送るが、実家の工場に住み込みで働くわけありのク氏(ソン・ソック)と心を通わせていくにつれ自分らしく生きる勇気を得ていく。ミジョンが道を歩きながら自らに言い聞かせるように「ぽつりとつぶやく表情がよかったです」。(温さん)

トークメンバー

温 又柔(おん・ゆうじゅう)

温又柔/おん・ゆうじゅう

作家

台湾生まれ、東京育ち。2009年に「好去好来歌」で作家デビュー。『台湾生まれ 日本語育ち』で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞し、著書に『真ん中の子どもたち』、『魯肉飯のさえずり』など。最新刊は『恋恋往時』。最近グッときたドラマは『財閥家の末息子』。

桑畑優香

桑畑優香/くわはた・ゆか

翻訳家・ライター

1990年代に延世大学語学堂、ソウル大学政治学科で学ぶ。韓国の映画、音楽ほかエンターテイメント全般に精通。訳書に『BTSを読む なぜ世界を夢中にさせるのか』、『BTSとARMY わたしたちは連帯する』などがある。今観直しているドラマは『ミセン−未生−』。

渥美志保

渥美志保/あつみ・しほ

韓国ドラマ・映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターに。特に韓国の映画、ドラマを多く取材、雑誌、webでコラムやインタビューを執筆。ポッドキャスト『「ハマる韓ドラ」番外編』、著書に『大人もハマる! 韓国ドラマ 推しの50本』。今推しているドラマは『悪縁 アギョン』。

『クウネル』2025年7月号 写真/天日恵美子、イラスト/古沢有莉、取材・文/原 千香子

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