【映画好きの3本】アナウンサー吉川美代子さん選。戦場を舞台とせず、戦争と人間、 生と死、国家と個人を描いた傑作映画

その名もズバリ、各界の映画好き著名人がそれぞれの視点でおすすめの映画3本を紹介する「映画好きの3本」。今回はアナウンサー・京都産業大学客員教授の吉川美代子さんのおすすめをご紹介します。
1_『地獄に堕ちた勇者ども』
「日本封切時に観た『地獄に堕ちた勇者ども』は、人生の映画ベスト10に入るだろうとすぐ予感しました」
映画評論家・淀川長治さんの講座にも通う生粋の映画少女。15歳の吉川美代子さんにとってこの映画はあらゆる点で衝撃的でした。
「ドイツの鉄鋼財閥を舞台に一族の凄まじい権力争いが描かれます。殺人、近親相姦、少女への性的虐待、ナチス突撃隊内部の同性愛といった倒錯と退廃の世界ですが、ヴィスコンティ監督の手にかかると重厚で耽美的で壮大なオペラのよう。貴族として育った彼の美意識は衣装や室内装飾の隅々まで妥協を許しません。一癖も二癖もある役者たちの演技も見応えあり。これぞ本物の映画です」

鉄鋼財閥一族の権力闘争と財閥を意のままにしようとするナチスの謀略が描かれる。一族はナチスの力の前に崩壊し、美しく狂気に満ちた新当主が誕生する。
監督/ルキノ・ヴィスコンティ 出演/ダーク・ボガード、ヘルムート・バーガーほか 1969年
写真 Aflo
時代背景は、ナチスが力を増し第二次世界大戦に向かいつつあるドイツの鬱々とした1930年代です。
「再視聴して、あらためてヴィスコンティ監督の偉大さを実感。財閥一族は凄まじい権力欲をナチスに利用されて破滅します。ラストシーンで死体を前に親衛隊の制服姿でナチス式敬礼をするヘルムート・バーガーが、恐ろしいまでに美しい。でも私たちはヒトラーがどうなったか、ナチスドイツがどうなったか、歴史を知っています。だからこそ、この映画の余韻も身震いするほど凄い。映画で激しい戦闘シーンや戦場の狂気を描き、兵士たちに声高に戦争の悲惨さを叫ばせるのは多い。でも今回選んだ3本は、実際の戦場ではないところが舞台なのに、戦争の狂気や平和とは国家とは、を考えさせるものです」
2_『裏切りのサーカス』

英国秘密情報部(通称サーカス)内部にモスクワの二重スパイがいると判明、元部員ジョージ・スマイリーが復帰し、誰が裏切者なのかを探ることに。東西冷戦のスパイたちの息詰まる攻防。
監督/トーマス・アルフレッドソン 出演/ゲイリー・オールドマン、ベネディクト・カンバーバッチほか 2011年
写真 Aflo
大好きな作家ジョン・ル・カレの小説の映画化『裏切りのサーカス』は、一般的な戦争ではなく、冷戦が描かれます。
「東西冷戦時代のイギリスの情報機関が舞台。非情な世界でスパイたちは孤独と向き合いながら諜報活動に身を投じる。誰を信じればいいのか、冷戦の緊張感が伝わります。映画は複雑な物語を巧みに映像化していますが、小説を読んでなければ難解かも。2回以上観て第一級のスパイ映画を味わってください!」
原作があり映画化される場合、「作り手による原作へのリスペクトが映画の面白さを握る」というのが吉川さんの持論。
3_『ビリー·リンの永遠の一日』

2004年。イラク戦争で献身的なはたらきをしたビリー・リンをはじめとする分隊は一時帰国し、戦意高揚のためにアメリカンフットボールのハーフタイムショーに駆り出される。その日、若き兵士が見た現実とは。
監督/アン・リー 出演/ジョー・アルウィン、ヴィン・ディーゼルほか 2016年
© 2016 Columbia Pictures Industries, Inc., LSC Film Corporation and S8 Billy Lynn, LLC. All Rights Reserved.
「アン・リー監督の『ビリー・リンの永遠の一日』は原作へのリスペクトをひしひし感じた傑作。ビリー・リンはイラク戦争に従軍し、ひょんなことで英雄扱いされて分隊仲間と一時帰国して、アメフトのハーフタイムショーで行進することに。貧しい家庭の青年たちが戦争に行かざるをえない現実、彼らを食い物にしようとする者、淡く苦い恋。華やかなショーの裏側のたった数時間を描きながら、戦場とはあまりにかけ離れた平和な母国の現実が淡々と鋭く切り取られます。映画初出演で初主演のビリー役ジョー・アルウィンの演技があまりに自然で、私の中では実在のビリーになってしまい、別の映画に出演したアルウィンを見て『無事に帰還して俳優になったのか。よかった!』と思ったくらい」

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当時映画館で購入した『地獄に堕ちた勇者ども』のパンフレットを保管している。『裏切りのサーカス』の原作『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』、映画を観てから読んだ小説『ビリー・リンの永遠の一日』。
PROFILE
吉川美代子/よしかわ・みよこ
TBSを定年退職したのちフリーに。テレビ出演や講演、大学で教鞭をとるなど幅広く活躍を続けている。『週刊新潮』でコラム「あの映画この原作」を連載中。昔に読んだり観たりしたものも大人になってからだと違った見方ができて楽しいとのこと。
『クウネル』2025年5月号掲載 写真/須藤敬一、取材・文/原 千香子
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