スタイリストの草分け・原由美子さん初の暮らしエッセイ【スタイルを見つける】ロゴTシャツデビュー
スタイリストの草分けとして活躍してきた原由美子さんが、初の暮らしエッセイ集『スタイルを見つける』を上梓。自身の衣・食・住について綴っています。素敵なファッションを提案し続けてきた原さん自身が、心地よいと感じるスタイルをどう作っていったのでしょう?
※本企画は、原由美子さん著『スタイルを見つける』(大和書房)からシリーズ2回でご紹介します。
定番スタイルはTシャツにジャケット
仕事で外出する時の定番は、パンツスタイル。カーディガンかジャケットかが、その日の仕事に対する心構えを少しだけ反映しているかもしれない。インナーは寒い季節にはニットも着るが、ほぼTシャツ。足元は、以前は革のフラットシューズだったが、ここ最近スニーカーに変わったことから異変が始まったと言うと大袈裟だろうか。
靴がスニーカーに変わったことで、私の頑固な定番スタイルが活性化されたと当初は気楽に考えていたわけだが、ことはそう簡単ではなかった。
ある日、いつものように白無地のTシャツにニットジャケットを重ねながら、何かモヤモヤとした気分になり、チグハグに思えてきた。そこで、もしかしてと思いながら、昔記念品でいただいた霜降りグレーのTシャツを着てみることに。グレーの地に黒と白の英文字と数字が入ったTシャツで、休日のお気に入りだった一枚だ。その上にジャケットを重ねると、Tシャツのラフさとのおさまりがいい。無地より良いかも。スニーカーをはくと、それは確信に変わった。
以前だったら、白無地のTシャツでもの足りないと思ったら、パールのネックレスやペンダント、または首元に黒白のバンダナ等をプラスしていた。でも今はそのどれもがピンとこない。今の気分ではないのがはっきりしていた。
というわけでその日は、その英文字入りの霜降りグレーのTシャツを着て仕事に。打ち合わせ相手からも何も言われず、私ひとりがドキドキしていた。ロゴ入りTシャツの効果と実力はあなどれないと実感し、ホッとしたことを覚えている。
ロゴ入りTシャツの効能
良いと信じて着続けているうちに、それが自分の定番スタイルとなる。それが悪いとは思わないが、慣れすぎてしまうと緊張感を失い、自分で見ても活気のない装いになってしまうということなのだろう。
ロゴ入りTシャツ一枚で仕事着としての押し出しがなくなる時代ではないことはわかっていたが、認めたくない自分がいた気がする。それを改め、これこそが程良いカジュアル感のある装いだと自信を持つことにした。遅すぎたロゴ入りTシャツデビューではあるけれど、嬉しい発見でもあった。
時には緊張感を感じることも大切にしたい
その日から、センスの良いロゴ入りTシャツ探しが急務になったが、あせらずに、お気に入りに出会いたいと目配りを続けている。
服装のカジュアル化が進むばかりの風潮には疑問を持つ私自身が、せっせと自分の装いのカジュアル化に励んでいるようで落ち着かない気分もある。カジュアルはカジュアルで楽しみつつ、時により、きちんと装うことで身の引き締まる思いや、程々の緊張感を感じることを大切にしたい気持ちは変わっていない。
そんな私が時々、ふと思い出すのは、ジョルジオ・アルマーニが着ているシンプルなTシャツのことだ。コレクションの最後に登場する彼自身の半袖Tシャツ姿がずっと気になっていた。短めの半袖で、この上なくシンプル。シンプルなパンツにそれだけを着て現れるいつものスタイル。
来日した時のショーで実際に見て確認もした。モノクロのドキュメンタリー映画で、そのTシャツがズラーッと並んだクローゼットを見て、やっぱりと納得した。なくてはならない大切な一枚をこれだけそろえている徹底ぶり。その美意識の高さと自信が、高齢であることも乗り越えて、コレクションを発表し続け、その体形や雰囲気を保ち続けている理由。緊張感はとぎれない。
数年前、日本での男物展示会で、そのTシャツが商品になっているのを見た。黒だと思っていたが濃紺だった。あくまでもさりげない上等な質感と深い紺に絶妙な袖丈。黒のコットンパンツと合わせるのが定番。言ってみればカジュアルそのものなのに、伝わってくるのは緊張感のあるストイックな静けさだ。Tシャツがこんな表情も見せるのだと、教えてくれた気がする。
※本稿は『スタイルを見つける』(大和書房)より一部を抜粋・編集したものです。
PROFILE
原由美子
慶応義塾大学文学部仏文科卒業後、1970年に『アンアン』創刊に参加。仏・ELLEページの翻訳スタッフを経て1972年よりスタイリストの仕事を始める。以後『婦人公論』『クロワッサン』『エルジャポン』など数多くの雑誌のファッションページに携わる。