【私の読書時間】小説家・吉本ばななさんが選ぶ「今を生き抜く元気をもらう」3冊とは?

著名人の方にクウネル世代におすすめの本を教えてもらう「私の読書時間」。今回は小説家、吉本ばななさんにお話を聞きました。

我が道を行く主人公に今を生き抜く元気をもらう。

昨年、本誌の取材に「そろそろ隠居に向かいたい」と話してくださった吉本ばななさん。隠居どころか、新作『はーばーらいと』を発表し、noteでメルマガ「どくだみちゃんとふしばな」を配信と、充実した執筆活動を続けています。その傍ら、読書も「かなりの量を読んでいる」そう。

「ジョイスの『ユリシーズ』のように少しずつ読み進める本もあれば、短時間で集中して読む本も。何冊か併読しています。ノンフィクションが多いですね」

今回は「読者になじみやすい本を」と選んでくださった3冊です。

『遠い声、遠い部屋』
トルーマン・カポーティ 訳/村上春樹

主人公を迎える義母や叔父、周囲の人々の誰もが普通ではなく……。「カポーティはノーマルな状況と異常な状況の話を交互に書いたイメージがありますが、これは異常な方の話ですね」。新潮社

『遠い声、遠い部屋』は著者初の長編小説。父を探して、アメリカ南部の小さな村へ一人でやってきた少年が描かれます。吉本さんは大学生のときに河野一郎さんの旧訳で読んでいたそうですが、村上春樹さんの新訳を改めて読んだら、受ける印象がまったく違っていたとか。

「旧訳で読んだときは数十年前のアメリカ南部はこんな雰囲気なのかなと思っていたのですが、じつは主人公の少年がかなりゆがんだ環境にいることが初めてわかって。その特殊さがわかると、カポーティの文章の素晴らしさがしみてきました。自然の描写をはじめ、23歳という若さでよくこれだけ書けたと思うほど」

『パッキパキ北京』
綿矢りさ

元ホステスでブランドものに目がない主人公菖蒲(アヤメ)。慎重な夫とは正反対に、北京の街に物怖じせずに繰り出していきます。そのフラットな眼で見た、新鮮な北京観察も読みどころ。集英社

2冊目の『パッキパキ北京』は単身赴任中の夫に請われ、コロナ禍の北京で暮らすことになった主人公のお話。超ポジティブで我が道を行くその生き方に、吉本さんは「元気が出た」と話します。 「主人公は自分というものがはっきりあって世の中の価値観に合わせないんですね。駐在員マダム主宰の日本人の飲み会でも、行ったことのない故宮の印象を、ガイドブックの知識だけで喋って。周りに合わせているようで合わせていない。これぐらいの強さがないと、今のような大変な時代は生きていけないのでは」

『オールド台湾食卓記  祖母、母、私の行きつけの店』
洪 愛珠 訳/新井一二三

「台湾は食材が多彩ですが、著者の家では、〇〇はどこの店のもの、△△はどこの店でと細かく決めている。それも面白かったですね」。著者はこのデビュー作で数々の文学賞を受賞しています。筑摩書房

最後の『オールド台湾食卓記』は祖母、母、娘三代にわたる食を綴ったエッセイ。出てくる料理がどれも魅力的です。

「著者は私より年下。でも昔の台湾の食の記憶があるんですね。彼女のお母さんは生家の従業員80人分のご飯を作っていましたが、今は台湾もそういう時代ではなくなっています。そういった貴重な記憶が書き残されたのはありがたいこと」

吉本さん自身もたびたび台湾を訪れ、台湾の読者向けに書き下ろした作品『切なくそして幸せな、タピオカの夢』もあるほど。なじみの深い街です。

「著者の家を代表する料理は、大鍋で煮込む滷肉ですが、台湾では家ごとに滷肉の味が違うと聞きました。今では彼女の家の味は彼女にしか作れないそうです」

手間をかけた料理も大家族で食卓を囲む光景も失われていく昨今。そのいとおしい時間を味わう1冊でもあります。

PROFILE

吉本ばなな/よしもと・ばなな

小説家。1964年東京生まれ。’87年『キッチン』で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。著作は30か国以上で翻訳され、国内外での受賞多数。近著に『はーばーらいと』。noteにて配信中のメルマガ「どくだみちゃんとふしばな」をまとめた文庫本も発売中。

『クウネル』2024年5月号掲載 写真/池野詩織、取材・文/丸山貴未子

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『クウネル』No.126掲載

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