【辻仁成さんインタビュー/後編】「犬と暮らす学びは、飼うことへの不安や迷いを遥かに超えます」

犬を愛する人はもちろん、大切な存在とともに過ごす時間を慈しむ人々からの共感を集め、話題となっている新刊『犬と生きる』(マガジンハウス刊)。作家、ミュージシャン、映画監督として多彩な表現を続ける辻仁成さんが本書で綴ったのは、愛犬・三四郎とのかけがえのない時間を通して見つめた「家族」と「愛情」のかたちです。

無邪気で小さな相棒に振り回されながら、その存在に支えられ癒やされるパリでの暮らし。『「三四郎が僕に幸福と笑顔を運んできてくれました」【辻仁成さんインタビュー/前編】』の後編をお届けします。

辻さんが日仏で感じる、犬と人との付き合い方の違いとは?

一番違いを感じるのは、どのカフェも、ほぼ100%が犬の同伴OKというところ。スーパーや一流レストラン以外は大抵どこのお店もOKで、ビストロぐらいなら全然大丈夫ですね。むしろカフェは犬がいて当たり前で、ギャルソンの人たちがお水を持って来てくれる、そこが大きな違いかなと。

日本のレストランは子連れはダメ、動物なんてもってのほかという所もいっぱいありますよね。フランスは、動物や犬の愛護をとても大事にする国ですから、堂々と犬を育てていける、育てやすい国だと思います。

旅に出るときは専用のバッグにもぐりこむ。 ※辻仁成さん撮影、以下同

日本に行くときなどはドッグトレーナーさんに預けています。長いときで1ヶ月ほど。

そこでは犬同士のコミュニケーションも取れるので、帰ってくるとビシっとしてますね、悪さもしないし。でも、この間久しぶりに少し長めに預けたら、「最近ちょっと言うこと聞かなくなりました」と言われて(笑)。

だんだん個性が出てくるんでしょうね。最初の頃は「こういうことはダメなんだ」と思っていたはずが、人間の心が分かってくるというか、ちょっとずる賢くなってくるんです。だから、いろいろやらかすんですよ。

でも、悪いことをしたときは「ダメだよ」と教えてあげれば、もう彼も理解できます。

預け先で他の犬たちと一緒に過ごすことで、「自分は犬なんだ」という自覚を持ち、優しさも増える。人間とのコミュニケーションもうまく取れるようになる。その積み重ねで、今に至るという感じですね。

僕もドッグトレーナーさんがいてくれて、本当に助かっています。少し長く預けるときは、彼にとっては合宿や留学みたいなもの。森の中を他の犬たちと一緒に走り回るので、体も引き締まって帰ってくるんです。

そして家に戻ると、またダラダラして少しずつ太っていく(笑)、その繰り返しです。

三四郎との時間が辻さんの生き方にもたらしたもの

僕自身の生き方の中で感じるのは、やはり幸福度が上がっているということですね。今まで気づかなかった人の痛みや優しさが分かるようになったり、犬を飼っている人たちとの交流が増えたり。

犬が集まると、まずは「ボンジュール」から始まり、世間話をして仲良くなっていく。連絡先を交換することもあります。

飼い主さんたちもさまざまで、カップルもいれば、おじいちゃんおばあちゃん、若い人や会社員の方もいる。でも、みんな共通点である「犬」で繋がるんですね。

僕も犬を通じて、これまで関わることがなかった全く違う世界の人たちと出会えた。友達もすごく増えたし、生き方のバリエーションも広がりました。そして、フランスという国を改めて知ることができる。どれも自分にとって大きなことですね。

僕が住んでいるノルマンディーの海沿いに、犬だけが集まるカフェがあるんです。普通のカフェなんだけど、みんな散歩帰りに立ち寄るから、朝は犬らだけ。

マダムたちの中に入っていくと、「日本人がこんなとこで珍しいわね」「絵を描いているの?見てみたいわ」って言ってくれて、犬友談義になります。実際、僕の本をいろいろと読んでくれた方もいて。

小さなカルティエ(街)なので、界隈では「ミニチュアダックスフンドを散歩させている、アジア人のロン毛のあいつ」っていう感じになっているらしく(笑)。そんな交流も、僕の世界を広げてくれていると思います。

犬を迎えるか考えているマチュア世代と読者のみなさんへ、辻さんからのメッセージ

犬を飼うというのは、結構な覚悟が必要だと思います。「大変だから」と途中で捨ててしまう人がいると聞きますが、それは一番やってはいけないことですよね。

もちろん、どうしようもない事情もありますが、犬を飼う以上は、その命を預かる責任をちゃんと持ってほしいと思うんです。

朝昼晩の散歩、雨の日も雪の日も外に出なきゃいけない。どんなに忙しくても、ご飯を与えて、不安やストレスなく暮らせるように気を配る。それは、我が子を育てるのと同じようなものだと思います。

自分の生活のすべてにおいて、犬の存在が中心になってくる。僕も最初は「これは大変だな」と思いました。でも、大変さ以上に、犬は喜びや幸せを与えてくれるんですよね。

苦しいとき、悲しいとき、衝撃的なことが起こったときも、そばで寄り添ってくれたのはいつも犬。犬からもらうものは非常に大きいです。でも、こちらからも与えなければいけない。それができる人だけが、犬を飼うべきだと思います。

犬は自分を映す鏡のような存在。僕は犬を通して、自分の短気さや未熟さに気づかされました。特に年齢を重ねてくると、犬との暮らしが自分の人生を見つめ直すきっかけにもなります。僕の場合ですけどね。

犬は人間のように成長して話すことはないけれど、ずっと変わらない存在として共に生き、過去の自分や人生のいろんな出来事を振り返らせてくれる。犬の愛が、過ちや後悔を浄化してくれるんですよね。

だから、彼らの命がある限り、できる限り優しくしてあげたいし、犬を飼う人にはそうあって欲しいと思います。犬を育てる中で学ぶことの大きさは、犬を飼うことへの不安や迷いをはるかに超えるものだと、僕は感じているので。

辻仁成/つじひとなり

作家。1989年『ピアニシモ』で第13回すばる文学賞を受賞。97年『海峡の光』で第116回芥川賞、99年『白仏』の仏語版「Le Bouddha blanc」でフランスの代表的な文学賞であるフェミナ賞の外国小説賞を日本人としてはじめて受賞。『十年後の恋』『真夜中の子供』『父 Mon Pere』他、著書多数。『父ちゃんの料理教室』『パリの"食べる"スープ 一皿で幸せになれる!』など、料理に関する著書にも人気が集まる。現在、パリとノルマンディを往き来する日々。

犬と生きる

パリ在住の芥川賞作家・辻仁成が、愛犬・三四郎との出会いや、ともに暮らすことの豊かさについて綴った、『パリの空の下で、息子とぼくの3000日』(マガジンハウス)のその後の物語。
著者が主宰するWebマガジン「Design Stories」で連載されたコラム「JINSEI STORIES」(2022年1月~2024年9月掲載分)を抜粋・再構成。さらに、装画を含む全てのイラストレーションを著者自身が手がけ、愛犬・三四郎のカラー写真も掲載。

犬と生きる』(マガジンハウス)
1,980円

取材・文/松永加奈

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