カフェ巡りの達人が“京都”に行く理由。とっておきのカフェ2選【後編】/編集者・山村光春さん
独自のアンテナで感度の高いカフェを見つける達人・編集者の山村光春さん。大阪出身とあって馴染みの深い京都で見つけた、とっておきのカフェ2選のエッセイ後半です。
PROFILE
山村光春・やまむらみつはる
1970年大阪生まれ。編集者。BOOKLUCK主宰。編著書に『眺めのいいカフェ』(アスペクト)『おうちで作れる カフェのお菓子』(世界文化社)など多数。京都芸術大学講師。「やさしい編集室」運営。現在、東京と福岡の二拠点暮らし。
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目的は予約制の私設図書室と喫茶「鈍考/喫茶 芳」
ひとたび街を歩けばぽつぽつ、とりどりのいいお店に出合うけど、そこに資本の力や、富のにおいはかぎとれない。あくまで店の向こうに「個」が存在し、街とくうくう添い寝しながら、ふだんのつづきごとのように、商いを営む。彼らはなべて朗らかで、風通しよく外に開かれており、自然と誰かを気持ちよくさせる術を心得ている。
確かに趣ある古き良き街並みだけど、とはいえかつての日本にあった風景かというと、そういうわけでも実はなく。お店のクオリティはすこぶる高く、現代的に刷新されている。ブランディングなんてしゃちぼこばった言葉によらずとも、センスや世界観が、どこまでも保たれている。ゆえに僕にとっては仕事から解き放たれ、純粋に美と知の空気を吸いこめる、滅多とないチャンスなのだ。
話は変わるようで変わらないのだが、先日、マインドフルネスについて取材する機会があった。そこで相手がしきりに伝えたがっていたのが「今、ここ」という言葉。雑念を手放し、過去や未来にとらわれず、ただただ目の前の物事に注意を向ける。これを聞いたとき、あぁ、あの時の京都旅が、そうだったかもしれない、と思い至った。
この暑い晩春のことだ。僕は自転車を借り、鴨川をぐんぐん北へと向かっていた。目的は洛北の山あいにある、予約制の私設図書室と喫茶「鈍考/喫茶 芳」。90分の入れ替え制で、定員は6名。到着が時間ギリギリになった僕は、電話がかかっていたがとれず、そのまま店へと滑りこんだ。入ってすぐにクロークがあり、そこにはスマホをしまうための、鍵付きの引き出しがあった。かかってきていた電話がちらり脳裏をかすめたものの、えいままよ、とスマホをそこにしまった。
それからの90分は、まるで夢とうつつの境目だった。一面が全庭、もう一面が全棚という端正な空間にしばし惚け、それから谷川俊太郎の胸をつく詩にどっぷり耽り、さらに舌を丸く刺す珈琲の苦みにこっくり蕩ける。後先のあれやこれやをポーンと放り投げ、その美しい時空をただただ堪能したのだ。
僕が京都で出会う物語は、こんなささやかなことばかり。だけど少なくとも京都に旅を続けることで、あとあとの自分に、きっと何かを及ぼしている。
鈍考/喫茶 芳
住:京都市左京区高野掃部林町4-9
営:11:30~16:30 ※1枠90分、web予約制
料:施設使用料+珈琲1杯2200円
休:日曜、月曜、火曜
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『クウネル』No.123掲載
私のとっておきの京都
- 発売日 : 2023年9月20日
- 価格 : 980円 (税込)