「時代の空気に呼応した私たちをハッとさせる言葉が多い」【韓国ドラマ発の言葉について語ろう3】

韓国ドラマの言葉

韓国ドラマの中には力を持つ言葉がたくさん。
そのシーンで、また飛び出してもじーんと、どーんと沁みて心が動く言葉を韓国エンタメの専門家、翻訳家、はまって観続ける作家、3人のドラマ愛あふれる人たちが改めて抽出。言葉の魅力が湧いてくる背景や解釈まで話し合ってもらいます。

「弱者が社会を変えられるとしたら、その方法は政治しかない」と信じている【韓国ドラマ発の言葉について語ろう2】 からの続きです。

『大丈夫、愛だ』より、人生を詩的に表した言葉。

渥美志保
渥美さん(以下敬称略)

『おつかれさま』は1950年代から2020年代へ、時代や運命と対峙しながら誠実に生き抜く家族の物語で、IUとムン・ソリが演じる主人公は詩を愛し志す女性。

詩は韓国の人にとって身近なもので、ドラマ作品に詩の要素が入ることは少なくありません。『大丈夫、愛だ』で使われた有名な詩「ゆれながら咲く花」は『学校 2013』(原題)でも象徴的な題材となっていて邦題にも使われました。『大丈夫、愛だ』のノ・ヒギョンは当代一の脚本家で、『ライブ〜君こそが生きる理由〜』(※8)や『私たちのブルース』など数々の傑作で心に残るセリフを書いていますよね。

 

※8 厳しい警察学校を卒業し交番の激務についた若者たちの葛藤を中心に描く繊細なヒューマンドラマ。主人公の新人女性警官にチョン・ユミ。

温 又柔(おん・ゆうじゅう)
温さん(以下敬称略)

『私たちのブルース』はわけありの人物たちがそれぞれの人生の課題をどう乗り越えるのかというドラマ。最終回は、それまでの登場人物が総登場して運動会です。その場面が遠ざかってゆくと、「決して忘れないでください。私たちは不幸になるためではなく幸せになるために生まれてきたのです」というメッセージが流れます。作家や製作者たちの志を感じます。

『ライブ』も重たいエピソードばかりですが、生きることそのものには前向きであろうと思わせてくれるので、本当にすごい。よくぞこういうドラマが作れるなと心から尊敬!

桑畑優香
桑畑さん(以下敬称略)

言いたいことをしっかり詰めているというかんじ。作る側の自由度がアップしたこともあるでしょうね。

渥美志保
渥美

そうだと思います。作り手本位で書き込みたいところをぐっと書き込んでいるというか。実際、言葉も内容もぎっしり……!

「揺れない愛はどこにあるのか」
『大丈夫、愛だ』より

弱さも抱えた腕利き精神科医、チ・ヘス(コン・ヒョジン)がつき合い始めた作家(チョ・インソン)の実家を訪れ、その母と語らうシーン。置かれた詩集を広げたヘスが「揺れずに咲く花はどこにあるだろう」と一行読むと、彼の母は「揺れない愛はどこにあるのか」とあとの詩句を続けてから「人生ってそんなものよね」と言う。「詩がやりとりに生きていて、しみじみとします」(渥美さん)

『天気がよければ会いにゆきます』より、幸せへの恐れを表現した言葉。

渥美志保
渥美

そして文学的という流れでは、雪国の小さな書店を舞台にした『天気がよければ会いにゆきます』もいいですよ。「幸せにならなければ不幸になることもない。手に入れなければ失うこともない」という繊細な青年、ウンソプの言葉が切ないんです。

一度手に入れてしまうと、失ったときに余計に傷つく、だから幸せになるのを恐れる人っていっぱいいると思うんです。小説が原作なので、文学的なフレーズが多くて素敵です。

温 又柔(おん・ゆうじゅう)

ドラマの文脈とは離れても、言葉そのものとして心に残るセリフもありますよね。

「幸せにならなければ不幸になることもない」
『天気がよければ会いにゆきます』より

田舎町に帰省したへウォン(パク・ミニョン)は古民家で書店を営む幼馴染のウンソプ(ソ・ガンジュン)と再会。彼の語りが彼女に響くシーン。この一文の前には「幸せと不幸せはコインの表裏のようなもの」と。一文のあとは「手に入れなければ失うこともないんだよ」と続く。「失うことを恐れて、幸せに手を伸ばすことを恐れてしまうのが人間。真理であると同時にすごく文学的」(渥美さん)

『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』より、普通とはなにか考えるきっかけをくれる言葉。

温 又柔(おん・ゆうじゅう)

『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』にあった「正常でないからといって劣っているわけではない」もその一つなのかなと。そもそも一体、〝正常〟とか〝異常〟とは何なのか。さっきの「世の中にしがみつくものはみな奴婢だ」とも合わせて考えたら、余計、切実な気がします。もしかしたら〝異常〟とみなされがちな立場にある人たちの方が、この世の中をまともに把握しているのかもしれないと。

桑畑優香
桑畑

違う視点を持ってるということですね。韓国だと〝正常〟という言葉をよく使うんですよ。例えば正常家族とか。父・母・子どもの世帯、といったモデルケースみたいな使い方もする。大げさを避けて「普通」と訳すときもあります。

温 又柔(おん・ゆうじゅう)

なるほど。「普通じゃないからといって、ダメというわけではない」くらいのニュアンスだと思えば、なおさら励まされますね。

「正常でないからといって劣っているわけではない」
『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』より

自閉症を抱えながら弁護士の道を進むウ・ヨンウ(パク・ウンビン)。弁護した男の子も似た境遇であった。自閉症に関する権威が残した言葉をドラマは、その博士が第二次世界大戦中に取ったとされる、言葉の主旨と反する行動を挙げつつ、慎重に客観的にこの一文を拾い投げかける。「語られた文脈を無視してはなりませんが、正常であれというプレッシャーを和らげてくれる言葉です」(温さん)

言葉の沁み方については俳優の存在も重要だと思いますが。

桑畑優香
桑畑

今は亡きイ・ソンギュンの声が『マイ・ディア・ミスター』では重要でしたね。「辛ければ、薬を飲むんだ」とか「がんばれ」とか彼の声で力を増して沁みる言葉もありました。

渥美志保
渥美

韓国では声の価値は高いですね、特に男性。温さんもお好きなウ・ドファンや『ヒーローではないけれど』のチャン・ギヨンもいい声です。演技がうまくていい声だと響き方が違う!

温 又柔(おん・ゆうじゅう)

チ・ジニも癒しのボイスですね。

渥美志保
渥美

この人が出てきたら即泣けるというのが私にとっては大御所のナ・ムニ。『ただ愛する仲』(※9)で演じた主人公の理解者の言葉は重かった。『おつかれさま』にも出ていてあまり語らないけど、沁み方が違います。

 

※9 事故から生き残ったガンドゥ(ジュノ)とムンス(ウォン・ジナ)は辛さを抱えながら生きていく。超ベテラン、ナ・ムニ演じるお婆さんの名言多々。

『恋のスケッチ〜応答せよ1988〜』より、肩の荷をおろしていいんだと安心感をくれる言葉。

桑畑優香
桑畑

私、ドロドロドラマも嫌いではないけど、現実的な激しくない話がより好きなんです。『恋のスケッチ〜応答せよ1988〜』を改めて観たんですけど、家族の話をとことん描いて、大したことは起こらず淡々としてるんです。

 

その話を繋いでるのは何かと言えば、食べ物。「ご飯食べよう!」という声が冒頭から聞こえてきます。近所のおばさんが家から出てきて一声かけて、近所で足りないものをどんどん足していって、結局分け合うみたいなよき時代の共同体の話。シンプルなセリフですが、食事と人の繋がりを大切にする韓国の文化が表れて温かいですね。「ご飯食べた?」も相手をさりげなく気づかう癒しの言葉。

渥美志保
渥美

その『1988』でお父さんが母の葬式で我慢していたのにふとしたことで号泣して「大人は大人の役割を果たすために我慢しているだけ。大人も辛いんだ」と話すくだりがありますが、この言葉も痛い。

桑畑優香
桑畑

同じく、刺さりました。「大人の仮面」を脱いでもいいんだ、と気づけます。

温 又柔(おん・ゆうじゅう)

韓国ドラマには、時代の空気に呼応した私たちをハッとさせる言葉がすごく多い、と改めて思いますね。

「ご飯食べよう!」
『恋のスケッチ〜応答せよ1988〜』より

貧しかったがよき時代。同じ横丁の4家族が助け合いながら暮らす日々を描く。キム家から始まり、「ご飯よ!」「ご飯食べよう!」「ご飯だってば」と母たちが次々に横丁に声を響かせると、幼馴染の高校生たちは三々五々、自宅に戻っていく。「暮らしの基本の言葉でした。留学時代の下宿のおばさんや、小さい頃のご近所関係を思い出しますし、食事は大切、ということも確認」(桑畑さん)

トークメンバー

温 又柔(おん・ゆうじゅう)

温又柔/おん・ゆうじゅう

作家

台湾生まれ、東京育ち。2009年に「好去好来歌」で作家デビュー。『台湾生まれ 日本語育ち』で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞し、著書に『真ん中の子どもたち』、『魯肉飯のさえずり』など。最新刊は『恋恋往時』。最近グッときたドラマは『財閥家の末息子』。

桑畑優香

桑畑優香/くわはた・ゆか

翻訳家・ライター

1990年代に延世大学語学堂、ソウル大学政治学科で学ぶ。韓国の映画、音楽ほかエンターテイメント全般に精通。訳書に『BTSを読む なぜ世界を夢中にさせるのか』、『BTSとARMY わたしたちは連帯する』などがある。今観直しているドラマは『ミセン−未生−』。

渥美志保

渥美志保/あつみ・しほ

韓国ドラマ・映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターに。特に韓国の映画、ドラマを多く取材、雑誌、webでコラムやインタビューを執筆。ポッドキャスト『「ハマる韓ドラ」番外編』、著書に『大人もハマる! 韓国ドラマ 推しの50本』。今推しているドラマは『悪縁 アギョン』。

『クウネル』2025年7月号 写真/天日恵美子、イラスト/古沢有莉、取材・文/原 千香子

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