【80代以降のひとり暮らしvol.1】プロも愛用する魔法の土鍋作家・大蝶恵美子さん

プロの料理人にもファンの多い「大蝶鍋」。タジン鍋のようなフォルムでおいしい料理がつくれると評判です。その作り手・大蝶恵美子さんのひとり暮らしを取材。土鍋作家になるまでの半生と、年を重ねても好きなことに打ち込む八ヶ岳山麓での豊かな暮らしのレポートをお届けします。

60代から90代までの、ひとり暮らしを楽しんでいる6人のライスタイルを紹介する書籍『人生後半のひとり暮らしを穏やかに楽しむ』(主婦と生活社)から紹介します。

 

陶芸も、移住も、旅行も、思い立ったら即行動する大蝶さん。

土鍋作家、大蝶恵美子さんが暮らすのは山梨県の八ヶ岳のふもと。豊かな自然に囲まれた山の斜面に、ギャラリー併設の住まいが建っています。広大な敷地内には桜やシャクナゲなどが季節になると花を咲かせ、山菜や薬草が自生し、野生の動物の気配も感じます。

「庭で野菜を育てているけど、いい感じに育ったのを見計らうように、野生の鹿が食べに来ますよ。それくらい自然が残ったエリア。何もないけど、地元の野菜は美味しいし、季節の移ろいを肌で感じることができます」

晴れた日は美しい富士山が望める絶好の環境。静岡県出身の大蝶さんにとって富士山は日常の風景になくてはならない特別なもの。毎日眺めて癒やされています。

たくさんの土鍋を料理に合わせて使い分ける。「昔から力だけはあるの」と、3kg以上ある重い土鍋もひょいっと持ち上げて、手早く仕込む。

「最初は静岡側から見る富士山がいちばんだって思っていたけれど、長年こっちで暮らしていると、ここから見る富士山のほうが整って見えると思うのね。暮らしの一部になっているからなのか、不思議ですね」

偶然の出会いから終の棲家へ

大蝶さんがこの地に移り住んできたのは40年以上前のこと。当時は故郷の静岡県で学習塾を経営し、休日に母親とたまたまこの地を訪れました。ふらっと立ち寄った直売所で野菜を購入した相手が、何と現在暮らす土地の持ち主。話をしているうちにこの土地が売りに出されていることを知りました。きれいな花やおいしい野菜、美しい風景に引かれて、土地の購入を決断。工房を兼ねた別荘を建て、週末になると母親と滞在していました。

陶芸は20代後半に趣味で始め、塾経営で忙しくしていた30代前半にイタリア旅行で訪れた陶器の街・ファエンツァで、著名な現代陶芸家、カルロ・ザウリ氏に出会ったことが大きな転機となりました。

見晴らしのよい高台に建つ「大蝶山荘」。

春になると野花や樹木の葉が芽吹き、緑深いオアシスに。軒下には薪が積まれている。

「本当に偶然ですが、彼に陶芸が好きなら学校においで、と誘われまして。それから、年に一度お休みを取ってイタリアの学校に通い、ヨーロッパの窯を訪ね歩きながら陶芸を学びました。10年くらい続いたかしら。ここに別荘を構えたのもその頃で、窯を備えた工房を作りました」

すっかり陶芸の魅力にはまった大蝶さんは、塾で生徒たちに教えるかたわら、休日には工房で作陶に没頭します。数えきれないほど静岡と山梨を行き来していましたが、母親の介護をきっかけに八ヶ岳に拠点を移します。

「塾の仕事はセーブして、ここで母と一緒に過ごしました。10年くらいですかね。大変なことはあったけど、つらくはなかったですよ。母は料理上手でお花が大好き。一緒にできることもたくさんありましたからね」

土鍋作家として生きる

大蝶さんが56歳のときに母親を見送り、しばらくは塾の仕事をしていたものの、抜け殻のような状態に。そこから抜け出すきっかけになったのは、やはり無心になれる陶芸でした。

「それから、60歳で埼玉にある専門学校に3年間通い、学校の近くにアパートを借りて、平日は陶芸を学んで週末は静岡の塾で子どもたちを教えるという生活をしていました。私は理系の人だから、土や釉薬の配合といった科学的なことはお手のもの。陶芸に向いていたんですね。体力的には若い人たちにかなわないけど、大皿も作っていましたし、土鍋の制作を始めたのもこの頃です。きっかけは自宅で使っていた土鍋が壊れて、買いに行くより自分で作ったほうが早い! と思ったから。でも、学校では土鍋の作り方は教えてくれませんから、最初は手探りでした」

何通りにも活躍する万能な土鍋。ごはんはふっくら&ツヤツヤで、みそ汁があれば十分満足。野菜は焼くだけで立派なごちそうに。

専門学校を卒業して塾を閉め、陶芸に専念。試行錯誤しながら料理を美味しく作れる大蝶さんならではの土鍋を目指しました。そうしてたどり着いたのが、昔ながらの土鍋に、水なしで調理できる無水鍋の強さと、食材の水分を対流させるタジン鍋のふたの優秀さを付加した「大蝶鍋」です。

「土鍋は、煮る、焼く、炒める、炊く、蒸す、と何役もこなしてくれるし、何より料理が美味しくなる優れた道具。おかゆなんて、とろとろにできて最高ですよ!」

大蝶鍋は、ぽってりとしたフォルムに、丸みを帯びた円すい形のふたが特徴。厚みがあってずっしりと重く、大きなふたでしっかり密閉できるので、じっくり加熱して素材の美味しさを引き出します。プロの料理人や料理家も愛用する魔法の土鍋です。

ずっしりと重い土鍋を窯から出し、仕上がりを確認する大蝶さん。

※5/4配信の【80代以降のひとり暮らしvol.2】に続きます。

詳しくは発売中の本書を

人生後半のひとり暮らしを穏やかに楽しむ

年を重ねても自分の生き方を楽しみたい。年金暮らし、団地住まい、田舎暮らし…お金をかけなくても豊かな女性たちの軽やかな暮らし。60代から90代までの、ひとり暮らしを楽しんでいる6人のライスタイルをご紹介します。

紫苑さん(73歳)ブロガー
大崎博子さん(91歳)Xユーザー
浅野順子さん(73歳)画家
ウリウリばあちゃん(69歳)YouTuber
大蝶恵美子さん(87歳)土鍋作家
本田葉子さん(68歳)イラストレーター

人生後半のひとり暮らしを穏やかに楽しむ』(主婦と生活社)
smile editors編
128P、1,760円

 

大蝶恵美子さん

87歳。1936年、静岡県生まれ。静岡大学理学部卒業。学習塾を営むかたわら陶芸を始め、イタリアの工芸高校などに学ぶ。八ヶ岳山麓に窯を開き、後にギャラリー「大蝶山荘」を開設。料理を美味しくする土鍋を作り続けている。https://store.emikooocho.com/

写真/鈴木真貴、編集・執筆/岩越千帆(smile editors)

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